第34回 「ここまで関わっちまった責任っていうかさ」
「重症、だな」
気が付けば、震えて、わけがわからないまま声を上げて、その場に崩れ落ちてて。
掻き毟る様に両手で顔を覆って。
横からきゃみさまに抱きしめられてて。
高坂に手を握られてて。
「Thebesを現実と同一視しすぎてる。ナツヒコ。お前、さ」
見下ろすケンちゃん氏の言葉に。
びくり。と。身構えて。
「──やさしい、な」
慰め、だって、丸わかりな。そんなセリフに。
じわって。涙が。
やさしいんじゃない。弱い。俺、こんなに。弱い。
「ちょっと、時間が要るな」
「うん」「ええ」
俺の代わりに、きゃみさまと高坂が返事をする声が、何だか遠くて。
◇◆◇◆◇
「…………」
すん。とひとつ、鼻をすすり上げ。
なんだかこの面倒見の良い鍛冶屋には、散々泣き顔見られてて。
何だったらゲームでしか接点のない間柄だっていうのに。
ずいぶん寄りかからせてもらってしまっている。
あのあと、かけられる言葉のやさしさに。
友人たちの気遣いに。
無力感とか、恥ずかしさとか、色んなものが溢れかえってしまって。
声を上げて、しゃくりあげて、泣き出してしまった。
なんであんなに無残な死を見せつけるんだろう。
なんであんなふうに死ぬように作ってるんだろう。
なんであんなふうに殺せるように作ってるんだろう。
なんで恐慌を来すと強制的にログアウトする癖に、泣くくらいじゃ落ちないように作るんだろう。
虚象事件の時も思ったが、このThebes、心に踏み込み過ぎる。娯楽の範疇を超えすぎている。
わけがわからないながらも心の中を何とか整理して。
整理したつもりになって。
なんていうんだろう。
悲しい、とはちょっと違う。申し訳なさそう、とも違う。
寂しい、だろうか。自信はないが、そんな顔をして、ケンちゃん氏。
「落ち着いた? ──じゃあ、行こうか」
「え」
差し出されるままにその手を取れば、ゆっくりと俺を立ちあがらせて。
「他の二人も」
「え? あ、うん」「はい」
いつのまにか。
いつかの夜に俺が借りた、あの白い鳥の羽のロゴが描かれた上着を羽織って。
全員を立ちあがらせると、ケンちゃんさんは何やらインベントリを操作して。
そう言えば彼が何か取り出すのに、バックヤードからじゃなくてインベントリって、なんかめずらしい。
"行こうか"
ってったって、どこへ?
と、全員が首傾げる前で。
「オレにはさ、ここまで関わっちまった責任っていうかさ」
バカな。感謝こそすれ、彼に何を負う所があるというのか。
少し、不服を含んで、鍛冶師の横顔を見上げて。
「"ハッピーエンダー"か。難しいな。……難しい、なァ」
鍛冶師は、なんだかよくわからないことを呟いて、拳大の薄緑色の鉱石を、簡易店舗の支柱に向かって投げつける。
見た目よりずっと脆く。まるで薄珪が割れるみたいにして、ぱりん、て。
かと思えば青い光が人の等身大に渦巻く、何かの入口が形成される。
転移門って奴だろうか。初めて見たが。
「オレより、こういう事が得意な奴らがいる。オレが何とかしてやりたいが……我を通して救えないんじゃ、な」
誘われて、全員で光源を潜った。
ヴァルハラ市内を瞬間で行き来できる、転移水晶に触れた時みたいな浮遊感と、一瞬意識が遠のく感じがあって──
◇◆◇◆◇
見たこともない場所に、ワープアウトする。
目的地に飛んだあと、地面から数十センチ上に現れ、落下するように出現するのも同じ。テレポート動作の後に、何らかの座標ずれによってキャラクターが地面に埋まったりするのを回避するためだとか言われているが。
正直初めての時は転びそうになった。
で、気が付けば、だだっ広い丘、緑地。公園、だろうか。
それにしちゃなんだか物々しい陣幕とかが設営されてたりして。
「どこ?」
「セレクトリア領ユリシャ市ターヴァ区。現地プレイヤーからは旧ユリシャ連邦とか言われたりするかな」
「え、PvPの聖地じゃないですか! なんだって、今こんなところに……」
なんだか俺よりは事情を知った風に、高坂。
にしても、PvPって所謂"対人コンテンツ"って奴だよな?
つまり中身のある普通のプレイヤー同士がバトルしたりするって事で。
それの聖地? それって今一番見たくない類のヤツじゃないのか。ケンちゃん、なんだってこんなところ……。
見れば、高坂の問いには答えず、ズンズカと公園内を歩いていくケンちゃん氏に、置いて行かれないように足早に歩きながらも。
となりで、何だか青ざめたような顔の、きゃみさま。
様子が気になって、"どうしたの"って、表情だけで問う様に。
こちらをチラ見して
「あの、ね。さらっとやったけど、Thebesでテレポートアイテム──さらに言えば複数人数かつ、行ったことがない場所へ行けるやつなんて、とんでもなく高価なはずよ」
「え、そんなに……?」
軽く、俺に身を寄せて。ケンちゃん氏には聞こえないくらいの声で。
あのきゃみさまが、心底"ビビってる"って感じの顔で。
「少なくとも5万シルバー。時期や市場事情によっては10万でも効かないかも」
「っ!?」
何だその金額。
先日の彼自身の口をして"一財産"と言われた鉱石の取引額など比較にもならない。
それに彼とて、その数千シルバーで"財布が空"だとか言っていたではないか。
俺の方を向いたまま、横目に覗き見るように、少し先を歩くケンちゃん氏を見ながら、きゃみさま。
「彼が、所謂ゲーム古参で、有名ギルドのメンバーだってのは、知ってて関わったわ。でも、なんの利があって、私たちみたいな初心者にここまでしてくれるの?」
「…………」
このゲームを知らない人に言わせれば。
たかだかゲーム内通貨に何を仰々しい。だなんて、思うかもしれない。
しかしいまや、VRゲームは触感や味覚、嗅覚にまで及び。
服を買って着心地が、とか。食事をして、美味しい。しかも現実に自分は太る事もなく。実際に身に着けた感覚のある装飾品の数々、異国情緒ある、豪華な宿泊体験。等々。その充足たるや、満足感たるや。
Thebesにおける"シルバー"の価値は計り知れない。
知らされたその転移結晶の付加価値を現実のそれに照らし合わせれば。熱心なThebesプレイヤーであれば、日本円で数十万をポンと出されたような感覚なのだ。
人柄だ。
と、一言いいきってしまいたい。そうしてあげたい。
だが、流石にその額は。感謝より先に不信が立つ。
なんでだ。ケンちゃん?
俺や、きゃみさまが"女の子"だから?
今回の事だって、"傷心につけ込む"……って、コト?
戦中陣幕の様なテントが密集した方へと、無言で歩を進める、ケンちゃん氏。
陣営には騎士の様な、或いは兵士のような出で立ちのプレイヤーが屯しており、ケンちゃん氏の姿を見てぎょっとしたような顔。
数歩先で揺れる、白い鳥の羽のロゴ。
彼が、俺が思うより、ほんとにトッププレイヤーで、有名人ってのは偽りないようで。
"白羽根!?"
"誰か、ジャンさんに" "ああ"
そんなささやきが口々に。
そんな中を、まるで意に介さないように一定の速さで、ケンちゃん氏。
陣営中央の一番大きな天幕に向かって。
俺達は、ただ黙ってついていくことしか出来なくて。




