第33回 「このてに ころしてるかんかくが」
「────げほッ!!」
「なっつん!!」
横目に空が見える。
多分、俺は倒れ伏していて。
正直死んだかと思ったが、どうやらつないだらしい。
でもたしか。わき腹を横なぎに、内臓まで達するほど斬り込まれたはず。
その状態でぎりぎり生きながらえる苦痛を考えれば、冷静になってみればこれはゲーム。いっそ一回死んでリセットされた方が苦しまずに済むんじゃないか、なんて。
「──ぃぎ!!!」
「まだ動かないで!!」
ショック回避のためにある程度痛覚は抑えられているし、何とか言う脳内物質で感覚がマヒしているにしても。
怪我の程度が程度。放って置けば致命傷って程の裂傷。
痛い──のだ。Thebesは。
仮想世界で触感すら再現されるすごい技術──の代償、だろうか。
どうやら高坂ときゃみさまが処置してくれているらしい。
止血や生命力の回復が間に合えば、多分その場で復帰できるんだろう。
アバターの死亡にはある程度のペナルティがある為、それはありがたい。
ありがたいのだけど。
「きゃみさま、なっつん仰向けにさせて。これ飲ませて。全部じゃなくていいから口に注いで」
「おっけ」
傷口の熱さと、脈打つような痛みにじっと耐えて。
頭上で交わされるやり取りに、ただ待つことしか出来なくて。
だらしなく開けた口に注がれた液体を、否応がなしに一部飲み下して。
「よし、停滞効いた。次は止血お願い。止血帯手にもってなっつんの方みるとオート動作で使うかどうか聞かれるから。多分何度か"失敗"って出るけど構わず繰り返して」
「う、うん。……うん? "半成功"って?」
「止血帯アイテムの効果が100%未満で一部適用されたって事。"出血"のバッドステータスが消えるまでつづけて」
「わ、わかった」
てきぱきときゃみさまを指示して、処置を進めていく高坂。
なんだよ。一番後発の癖に、そんなの何処で覚えてきたんだ。
「LP回復、もっかい行くよ!」
きゃみさまが止血帯アイテムを使い続ける傍らで、高坂は短槍の石突を近場の岩にたたきつける。
意識を失う前にも聞いた音が、再度響く。
「崇拝対象よ、聴け!」
聞き慣れない、芝居がかった文言。
何だそれは。
倒れ伏したままでは覗き見ることができないが、何やら騒がしく風がまいたり、光ったり。
と思えば、高坂の肩越しに、なんか白い牛頭の悪魔みたいなのが俺を見下ろしていて、ぎょっとする。
でも、驚いたところでピクリとも動けない現状。
高坂が俺の傷口に手をかざし。
「彼の地の王。力もて肉となり糧となり命と──ああもう、良いから治せ!」
『ぱ ワ゛ー ひー ル 』
悪魔が肩ごしに高坂と手を重ね、ざらついた、耳障りの悪い声で。
え、俺何されんの? パワーヒール?
ヒール……ああ、これ回復魔法?
え、おい、でも悪魔、回復って顔してないぞ?
思うが早いか、俺の身体は何かありがちに緑色の光に包まれ、ぼやけていた思考が、暗くなっていた視界が、一気にクリアになる。
「う」
多少、倦怠感というか、痺れにも似た動きづらさはあれど。
ウソのように痛みが無くなり。よろよろと身を起こす。
「なっつん!」
直後、半泣きのきゃみさまに抱き着かれて。
見下ろせば、鉈が食い込んでいた脇腹は最初から何事もなかったかのように治り、というか服すら破れておらず、血痕もない。
生命値や疲労度、装備耐久度に問題がなければ汚れすら残らない。
ゲームだ。
これはゲームなんだ。と。
「ふぅー、間に合った。危なかったね。なっつん」
「こ、こわかった……ほんとに死んじゃうかと。なっつん。血がいっぱい……」
安堵の表情で、手を差し出す高坂。
意外や、震えながら俺の服にしがみついて涙をこぼす、きゃみさま。
手を取って、ゆっくりと立ち上がる。
「あ、ああ……ありが……とう」
◇◆◇◆◇
「なるほど。──じゃあ。改めて。テーベの世界へ、ようこそ」
「なによソレェェェ」
討伐依頼は無事完了するも、流血沙汰にメンタルをやられて。
逃げ込むようにいつもの"ケンちゃん武器防具店"
困ったことがあったら最近は何時もここ。この面倒見のいい鍛冶屋であれば、何だかうまく慰めてくれそうな気がして。
しかしながら、件の店主は何か考え込む様な顔の後、真顔で、仰々しく両手を広げてそんなセリフ。
真顔、で。
「どういう、ことです?」
「以前言ったろう。"残酷"だって」
「あれってそういう事なんです?」
「まぁそういうこと。これがThebes、どうだ? 辞めたくなった?」
「…………」
「綺麗なグラフィック。砂粒ひとつ選んで拾えて。飯を食ったら味覚もあって。野花を摘んだら花弁が散って。これぞ最新のゲーム。なんてリアル」
「…………」
「このゲームのポジティブな部分だけ見て意気揚々と初めて、最初に"死んだ"とき、怖くてもうできない。っつって、そこでゲーム辞めてっちまうやつって、実はけっこう多いんだ」
珍しく真面目な顔して、ちょっと突き放したこと言うケンちゃん氏に、一同黙るしかなくて。
「親しい友人が、目の前で血まみれに。或いはえぐい殺され方で死んで、その死体を目の当たりにした。とか、耐えられない奴は多いよ。お前らなんてリアルと大差ない見た目でやってんだ。尚更そうだろ?」
ケンちゃんさんはいつもとちがう、神妙な顔つきっていうか。しいて言うなら、解ける牛肉亭で俺の愚痴聞いてくれた時みたいな顔しながら。
丸太椅子に音を立ててやけっぱちな感じに座って。後ろ頭がりがり、ってことはきっと、多分、言いたくないヤツ。
「──ある意味此処が、Thebesプレイヤーの本当のスタートラインだ」
「だから、あえてオレが"言葉"にして聞くよ。どう? 死ぬの、怖い? こんなゲーム、もうしたくない?」
ん?
死ぬの。は。もちろん怖い。
や、でもそうじゃなくて。
「そ、れは……」「というより」「いや、そうではなくて」
「えっ」「は?」「ん?」
ケンちゃんの問いに対する反応には、なんだか三様のズレというか。
顔を見合わせて黙り込む俺達に、ケンちゃん氏が横から手をポンと叩いて。
はーい注目。ってみんなそっちに向き直る。
「お前らそれ、有耶無耶にしない方がいい。なんでもいいからこの場で言葉にしてみなよ。俺から何か言ってやれるかもしれないし、言ってやれないかもしれないが」
俺達は再び顔を見合わせて。
「僕は、その、悔しい。守るって言ったのに。なっつん、あんな血まみれになって……」
握った拳を震わせて、高坂。
それを、え、それだけ!? みたいな顔で見た後、きゃみさま。
「あ、アタシは、怖い。あんな死に方するのもだけど、今後仲間内で誰か倒れる度に、友達のあんな痛々しい姿ッ! ……見、れないって、いうか」
そこまで聞いて、ケンちゃん氏。
「なるほど。フユキは大丈夫そうだな。ちゃんとゲームの延長線上で認識できてると思う。その"悔しさ"は単純に時間を過ごして、レベルが上がるというだけで消化できるものだ」
「きゃみさまのその"怖さ"は、ぶっちゃけ慣れちまうしかない。慣れちまうことが怖いかもしれない。それは麻痺するという感覚だと思う。ただ、Thebesにはプレイヤー同士が殺し合うコンテンツもあるが、幸いにして逆に倫理に関しちゃ厳しくみられる風潮がある。必要とあれば殺すけど、非道はきちんと世間が許さない」
「なんでこのゲーム、認可降りてんのよ……」
「リアルの君を変えかねない、という意味ではきゃみさまのが危うい。俺としてはせっかく知り合った仲だ。今後も一緒に過ごせれば、と思う反面、無理強いもしたくはない」
「……そう」
そこまでの会話があって。
で。って流れで。
なっつんはどうなの? って当然こっちに振られるよな?
視線が自分に集中するのがわかる。
俺は──
「お、れは。怖い。のは。もちろんある」
きゃみさまから"それ以外に何があんのよ"みたいな視線を感じて、ちょっと苦しくなりつつも。
「で、も。そうじゃ、なくて」
なにか。思い出すみたいに。
掌を覗き込むように顔の前にもってきて。両の、手のひらを。
にぎって。開いて。
「俺。多分。殺……せない」
「えっ」
誰ともつかず上がったそんな声に、答えるって風でもなく。まるで独白みたいに。
「あの、ごぶりん? みたいな奴に。刀を突き刺したんだ」
「なんか、狼とかと違う感覚があってさ。突き刺した後、相手が抵抗して身じろぎするのとか。手に返ってきて。そいつ、反対の手で刀を抜こうとしたんだよ。なんて言ってんのか言葉はわかんないんだけどさ。とにかく、ゲームで何言ってんだよってお思うかもしれないけどそいつ、死にたくなさそうで」
「死にたくないってのだけは、なんか、はっきりわかって。そこで止まっちゃったんだ。あれ、これ以上やったら、こいつ死ぬの? 俺が、殺すの? いやデータだよ! ゲームキャラクターのロジックだよ! それはわかってんだけど。でもなんか、そいつの今までがあったのとか見ちゃったし、俺が刀振りぬいたら、こいつの全部終わっちゃうの? とか可笑しなこと考えて。それ以上刀を突きだせなくて」
「てに。 この、てに、ころし てる かんかくが 嗚呼ぁぁぁ!!」
なにか。
実際にはそいつにとどめを刺したのすら俺じゃない。
なのに取り返しのつかないことをしてしまったような、なにか。
震えがくるような、なにか。
耐えきれず、握りつぶす様に、顔を覆って。
「重症──」
ケンちゃんさんの、がりがりと後ろ頭を掻く音。
長く、深いため息が聞こえて。
「──だな」




