第32回 「凄いリアルな演出よね?」
「えー! いいなぁ、僕も誘ってくれたらよかったのに」
翌、土曜日。朝から各々得物を携えて、俺、きゃみさま、高坂。
ヴァルハラ市城壁外をとぼとぼと。
昨日、耐久鉱石掘りがあったんで、きゃみさまが単純作業ヤダー! って、今日はハンターズギルドでバトルクエストを請け負って。
道すがら、昨日の稼ぎの話をしてみれば、高坂からはそんなセリフ。
「そんな事言って、高坂だって随分とやり込んでるみたいじゃないか」
「思ったよりゲーマーよね。冬樹君て」
そんな高坂の今日の出で立ちは、初日に使っていた短槍こそそのままだが。簡素なシャツにカーゴパンツ姿だったものが、布裏打ちの上等な外套に、硬化皮革のブーツに同じ色の革のグローブ。
と、着実に装備更新している。
「レベルいくつンなった?」
「んー、いま14かな」
「うぇぇ!? 追いつかれてんじゃん! 俺15だよ!? きゃみさまは?」
「アタシじゅうななー」
「来週には二人とも追い越されてそうだな」
「RPG向いてんのねー」
「キャミソールエンジェル少佐にそう言ってもらえると、光栄だね」
俺達はThebesを始める前は、駅南のゲームセンターみたいなトコで屯してて。そこで大型筐体に入ってリアルなコックピットを再現した戦闘機で空戦するアーケードゲームをしていた。
IXABITという軍用シミュレータを流用した本格的なやつで"空人"というシリーズのナンバリングタイトル。空人5。
仮想空間内に形成された"疑似地球"において、何処へでも飛んで行け、何処の誰とでも空戦出来る、というスケールのでかいオンラインゲーム。戦績が良ければ階級が上がってゆくシステムだったわけだが。
きゃみさまはそこではちょっとした有名人で。
"キャミソールエンジェル少佐"といえば、露製の前進翼機ですべてをなぎ倒す鬼プレイヤーとして恐れられていた。
感覚をダイレクトに押し出したゲーム、という意味ではThebesの戦闘もかなり直感的ではあるが。同時にThebesはRPG。
ロールプレイングゲームって言葉には本来"なりきりゲーム"って意味しかないんだけど、この国のコンピューターゲーム文化においてそれは、いつしか"コツコツ積み重ねていって達成する"みたいな感覚も伴うものとなってしまった。
そういう"コツコツ積み重ね"適性って奴が、高坂には有った様子。
「んー根気はあるほう、かも?」
「根気ってレベルじゃない気が」
「エーでも夏休みだよ? 新作のゲームなんて買ってもらったら、とりあえず徹夜するでしょ?」
「……男の子よねェ」
◇◆◇◆◇
「ねェ、マジにアレやんの……?」
「んー? レベル的にはけっこう余裕のはずだけど」
「レベルっていうより──」
クエストの目的地である森の入口。岩山沿いの横穴というか、洞になった部分があって。
覗き込んでみれば小動物かなんかの肉を取り合って、じゃれ合ったりしながら、小鬼の様な生き物。緑色の肌をしちゃいるが、おおよそ人間型で、子供くらいの体躯。
所謂"ゴブリン"とか呼ばれる類の、亜人系モンスター。
モンスターって言ってしまえば、RPGで言えばそれはプレイヤー側に都合の良い絶対悪で、屠って経験値に。ってのが、まぁ所謂ゲーマーの常識って奴なんだけど。
「いや、リアル過ぎんだろ。あいつら俺達が来なくてもあそこで"生活"してんぞ多分」
「まぁ凄いリアルな"演出"よね?」
「演出……かなぁ」
肉をとられた小鬼が、俺達には訳の分からない、でも本人たち同士では意味の通じてるらしい言語で罵って。奪った側がせせら笑う。
それを小煩そうにチラ見しつつ、奥で木の実をかじる者。その生活感。
動物、ならよかった。
リアルでだって、ニンゲンは豚だって殺す。鶏だって殺す。ともすれば猪だって殺す。殺して食べる。
狼に対するそれは、まだ屠殺で済んでいた。
しかしあれは動物だろうか。
どっちかっていうと、人間に近く感じてしまう俺がいて。
Thebesは、それを安易に殺害するには、体感型過ぎるのだ。
しかし俺一人でやっているわけではない。
やっぱりやめよう、とは言いだせず。
覚悟はないまま、討伐作戦って奴は進行していって。
「暗がりで戦闘は向こうに分がありそうね。釣る?」
「それがいいと思う。見た感じ3匹。おびき出して、奇襲でひとつふたつ、減らせれば盤石じゃないかな」
「オーケイ、じゃ小石を投げ入れて、様子を見に来た奴を短時間で処理して一旦引く。主戦場は洞窟外に」
「う、うん……」
作戦通り、高坂が小石を洞窟内に投げ入れれば。
不審に思ったらしい小鬼が中でざわつく声がし、やがてそのうちの一匹が様子を見に、といった体で洞窟の入口に向かって歩いてくる。
それを洞窟入り口の両側で待ち伏せる。
出てきた一匹が、俺側を振り返り、視認。
ざらついた声で何かを叫びかけ。
手に、無造作にぶら下げた粗末な小剣を持ち上げ。
流石に無反応というわけにもいかない。俺も、刀の柄に手をかける。
交戦意志あり、として完全に俺に注意が向いたところで。
しかしその背後からきゃみさまの振るう対人外規格刀がクリーンヒットし、その小柄な体躯は袈裟に千切れかける。
血の泡を吹いて、それでも手を動かして、抗う。震える手で小剣が持ち上げられるが、高坂の短槍が上半身側を貫き、ついには白目をむいて、びくりと。痙攣ひとつ、動かなくなる。
その様子を、あからさまに洞窟内の他の小鬼たちに見せて、いったん洞窟から距離をとれば。
奇声を上げて、残りの小鬼が洞窟の外へ雪崩出てくる。ここまでは作戦通り。
ここでひとつ誤算だったのは、入り口からでは見えなかったもう一匹。
飛び出してきた小鬼は先に仕留めた一匹を除いても三匹。
でも、まぁ、予想の範囲内。一人一匹相手にすればよい。多対一はない。
二人のうまいポジショニングもあって、綺麗に一対一の構図が三つ出来上がる。
これで目の前の一匹に集中できるが……。
俺と対峙した小鬼は刃渡りで60センチくらいの、チョッパーというかカービングソードというか、鉈のような逆剃りの剣を持っていて。
構えというほどの構えもなく、俺ににじり寄る。
汚らしい、と表現するのが一番近いか。奇声を上げて斬りかかる、というか殴りかかる。
俺とて別に剣の達人というわけでも、リアルに武器戦闘の心得がある訳でもない。
しかしながら言うなれば"子供の癇癪"みたいなそれをあしらうのは、それほど難しくなかった。
小柄なことから、もとより膂力はないのか、彼らの得物はどれも短い。
彼らが脅威となりえるのは不意打ちかつ、多対一であった場合だ。リアルでだって幼稚園児が包丁を手に手に、5人がかりで襲ってきたら冷静でない者は殺されてしまうかもしれない。彼らの脅威はそういう類のものだ。
多少及び腰ながら、一度その剣身に横当て、弾いた後はほぼほぼ手玉にとれてしまう。なんだか虐待でもしている気分だ。
おかしな話だが。
なにか、申し訳ない気分で、刺突を繰り出し、その肩口を貫く。
「■■■■■■────ッ!!!!」
奇声。耳を劈く。
迫真の声量に、顔をしかめ。
肩口に突き刺さった俺の刀を空いた手でつかみ、苦悶の表情で、引き抜こうともがく。
わけのわからない言語で、何かを叫び続ける。
助命を乞うているのか、俺を罵っているのかすらわからないが。
だが、生きようともがく。
これは────本当にゲームか?
この小鬼には、俺達が来るまでそこで生活を営んでいた今までがあって。
失いたくない。死にたくない。これからも生き続けたい。
ウサギを狩って、肉を食って、悪友とそれを取り合って、じゃれ合って。
悪さはしたろうか。こいつが人に害をなした事実は? なんで討伐対象になってる? 俺達の方から踏み入らなければ、ずっとあの洞の中で暮らしていたんじゃないのか。
これからもそうして──
──なんてわけがあるか。
これはゲームだ。この殺害は何度も繰り返すべきレベリングの。
そのルーチンワークのほんのワンシーンに過ぎない。
本来何の感慨もなくこなし、通り過ぎるはずのソレに。疑問を感じてしまった。
狼の時に。"考えない方がいい"なんて、きゃみさまにも、ケンちゃんさんにも言われた。
でも。だって。
目の前のこいつは、歯を食いしばって。
苦悶に歪んだ目尻に、涙すらにじませて。
がむしゃらに振りぬいた、鉈の刃が。
あれ、と思う間に、俺の脇腹に食い込んで。
「がッ──!?」
や。 べ。
致命打判定。
「──なっつん!?」
直後、自分の相手をすでに屠った後らしいきゃみさまによって、目の前の小鬼は体ごと叩き潰され、そのまま俺がトドメを刺される事態とはならなかったものの。
あばらの隙間に金属が入り込む感覚が。
やけに、りあるに。
りあるっつったってリアルであばらに刃物刺さったことなんてないけど。
でも肉裂き内蔵に達する異物感が。真近に。
傷口が熱くて。
でも不思議と痛みはなくて。
あれ。でも痛みを感じないって逆にヤバい──
ドサ。
と、視界が横転する。
いや、多分。身体の方が。
呼吸が早く、浅くなってゆく。
やばい。 やばい。 やば、い。
「きゃみさま! 止血帯もってない!? それか しょ 続け 」
「フユキ君!?」
最後に、なにか。
金属で岩を打つ様な、カーンって。甲高い音が。




