第31回 「恵まれすぎて、居るんだな。」
前回に引き続きThebes内、王都ヴァルハラ市は商業区画のマーケット街、ケンちゃん武器防具店。
ケバブサンドの残りをかじりながら、何の気ともつかない世話話。
「──でさ、向こうは向こうで土地柄特有のうまいもんとか」
「ふぇー。ほーなんでふね。むぐむぐ」
ケバブを頬張りながらそんな返事をしてみれば。
ケンちゃん氏は方眉を上げて、何とも言えない絶妙な表情。仕方のない妹分を見る様な、そんな目で。
「お前ェ、女の子が物口に含みながらよォ」
「ながらだと何だってんです?」
ちょっと冗談半分、拗ねた気持ち半分、わざとらしく口を尖らせて。
ケンちゃんさんは短く溜息を吐きつつ、クスリと笑いを漏らし。
「あっ鼻で笑ったぁ!」
「だってよ。お前ェ、せっかく可愛い女の子が"台無し"ってやつ」
ケンちゃんさんは含み笑いを堪え切れないように、歯を見せて、肩を揺らす。
本気で"そんなことしちゃダメ"ってんじゃないってのはわかるから、こっちとしても苦笑い。
「ま、それもお前の"自由"なんだよ。ナツヒコ。お前はお前の勝手で、お前の可愛さを"台無しにしても良い"ってことだよ」
目を細めて、俺の頭にポンと手を置く。
……この人、ほんと面倒見良いよな。
台無し、なんて言われて反射的に噛みついてしまう、以前のような反感がでないのは、彼の人柄ゆえか。俺自身が変わったか。それとも単純に彼との親密さゆえの"許せる範囲"って奴だろうか。
なにしろ以前であればこんな"頭ぽんぽん"とかされたら、即座に振り払って、相手を睨みつけていただろう。
なんと返して良いかわからず、半ば口を塞ぐ為だけにケバブサンドをかじる。
と、そこへ。
「あ~~~~~~~~~っ!!!!」
甲高い声に二人振り返れば、丁度今、店先に現れたらしいきゃみさま。
悪事の瞬間を目の当たりにしてしまった! とばかりに俺の頬張るケバブサンドを指さし、つかつかとこちらへ歩み寄る。
「そんなもの食べて! そんなもの食べて! はしたない!」
責めるように俺の持つケバブサンドを指さし。
俺は証拠隠滅、とばかりに残り少なくなったサンドを、少し無理してすべて口に入れてしまう。
「にゃ、にゃんのことでふか?」
自分でもどうかと思うほど頬を膨らませて、もっちゃもっちゃと咀嚼しながら、白々しくも。
「こらー!」
プンスコって感じで。きゃみさまが片手をフリフリ怒るわけだが。
俺とケンちゃんさんの視線は、振り上げられてない方のきゃみさまの左手にばっしばっしと注がれていて。
そこに鎮座するのは、つい先ほど俺とケンちゃんさんが食べていたのとまったく同じ、マーケット入り口のNPC屋台のケバブサンド。
ついでに言うとその包みは開いており、ここまで食べ歩いてきたのか半分ほど減っており。
「……」
「…………」
極めつけはその頬にちょっぴりついている、ケバブのソース。
してやったりって顔で近づいて、その頬のソースを指でぬぐい取り、前回に引き続きぺろり。
ねっ? って顔して歯を見せて微笑みかければ。
きゃみさまは振り上げていた手を、まるで花が窄む様に下ろして、バツ悪に目を逸らす。
「あ、あたしはいいのよっ」
「理不尽!?」
◇◆◇◆◇
「気になるんなら"腹ごなし"してみるか?」
あのあと"あ、これ差し入れ"ってきゃみさまがインベントリから取り出したケバブサンド。
あっ同じの俺がもう差し入れしちゃった。って顔でケンちゃん氏を振り仰げば、いそいそと差し出されるケンちゃん氏の手。
"2個ぐらいよゆー"
Thebesでは、そのゲーム中での飲食のカロリーを現実に持ち越さない。しかしながらゲーム内では食べ過ぎれば満腹感も出るし、現実との満腹感が乖離したままログアウトすれば、変にひどい空腹感で結局そっちでも食べてしまう、とかなんとか。
なんとやりすぎれば"アバターだけが太る"という。
いいなぁ。俺ももっといっぱい食いたい。
俺がケンちゃん氏を見て指をくわえていれば。
"油断しすぎると体型変わっちゃうわよ"
なんて。きゃみさま。
で。
「腹ごなし?」
「キミら、新しい服買う為に金稼ぎたいって言ってたじゃん?」
「そりゃそうだけど」
「オレ、ここへ来て"金を稼ぎたい"なんて言ったやつにはいつも言ってるんだが」
そのニュアンスは以前の"性犯罪"の話の出だしと同じで、ちょっとどきりとしたりもしたのだけど。
ケンちゃん氏がにこやかにバックヤードから取り出してきたもの。
両手に掲げられた如何にも重そうなつるはしを見て、おおよその事情をお察しするのであった。
◇◆◇◆◇
カンッ! カンッ! カンッ!
「ったく! なんで! あたしたちがっ!」
「まぁまぁきゃみさま」
カンッ! カンッ! カンッ!
ケンちゃん氏が提案する"腹ごなし"
それはつまり、ケンちゃんさんが金属武器の鍛造に使う、鉄鉱石を代わりに掘ってくるっていうアルバイトで。
ヴァルハラ市のすぐ北には、探鉱って程の深部に入らずとも、露出部分で採掘ができる場所があるってんで。
俺ときゃみさまはケバブサンドの腹ごなしと称して鉱石掘りに来ているというわけだ。
わけだが。
カンッ! カンッ! カンッ!
「……」
「…………」
二人黙々とつるはしを振り上げる間にも、周囲の他のプレイヤーから注がれる視線。何しろ俺たちが今、周りからどう映っているかって。
方や行儀のよい膝下丈のスカートの夏用セーラー服。
方やシャツを内側にしたサニーオレンジのキャミソールワンピース。
そんな恰好でしばし黙々とつるはしを振り上げ続ける婦女子共。
いや絵面ァ!!!
なんだか久々に周りからの視線が痛い。
ここ最近は周囲の人柄に恵まれてたこともあって、あんまり気にならなかったんだけど。流石にこれは。うん。なんていうか自分たちが奇抜なことやってるって自覚はあるんだけど。
「えっと。ただの"荒い石"はいらないって言ってたよね」
「干渉点が光って見えるやつだけね。この採掘場だとほぼほぼ"鉄鉱石"とかばっかりだけど」
カンッ! カンッ!
「昔、ここの採掘場で"魔銀"が出たなんて話もあるわねー」
「なにそれ」
「むっちゃ高級な魔法金属。それで出来た武器防具は装備レベル的には下級品でも、数千から一万以上したりするわよ」
「ケバブサンドいっぱい食えるじゃん」
カンッ! カンッ!
「うめぇ棒計算みたいなことしないでよー」
「魔銀でたらいくらで売れっかなー」
「原石単価で1000シルバー以上するって」
「夢があるー」
◇◆◇◆◇
「応、遅かったな」
「ぜぇ、はぁ」
「こ、これ後でもっかい買い食いしても許されると思う……」
"魔銀が出るかも"
なんて話の後、何だか意地になって、そんなら魔銀が出るまで掘ってやろうじゃない。とかなんとかちょっと無謀な思考になって。
二人してなんだかハイになりながら数時間無心で掘り続けてきた、その後に。
ケンちゃん武器防具店の丸太椅子にへたり込む俺達に、苦笑いでねぎらいの声をかける店主。
「ほんとにあの岩場で魔銀なんて出るんスかぁ?」
「まぁ"出る可能性がある"ってだけで、狙って出るような現実味はないぞ」
「ですよねェ」
「ああいうのはキャラバン組んで買い付けに行くか、ちゃんと準備して"シルヴェリア国道24号"とか行って掘ってくんだよ」
「シルヴェリアって南の雪国よね? 国道?」
「シルヴェリア自治領国営24号坑道略して"国道24号"」
「初心者が行くとこじゃないのはわかりました」
「まぁそういうとこ行けるように成れば、魔銀が出なくても"シルヴェリア銀"とか拾ってこれるな」
なるほどバトル以外で稼ぐ手段、ってやつは案外柔軟に。それこそ多岐にわたるようだ。
へたり込む俺達を見下ろして、何だか優しげな眼で口元を緩めるケンちゃん氏。
「???」
「いや、"ユージンたち"はほんと運がよかったんだな、って」
俺達が誰? って顔して首をかしげていれば。
ケンちゃん氏は何だか懐かしむように。
「や、すまん。お前らよりもっと前に、"ここへ来た初心者"ってヤツ」
「ふぅーん」
「ほれ、拾ってきた鉄鉱石買い取ってやるから、貸したつるはしと一緒に出しな」
「あ、つるはし壊れちゃったんスけど……」
そう言って、演出なのか最後の一撃でいきなり先端が90度真横にひしゃげたツルハシアイテムを差し出す。
ケンちゃんさんはなんか呆然としたような、けちょーんって顔でそれを受け取って。
「こ、壊したァ? お前らどんだけ掘ってきたの」
あれオレタチなにかやっちゃいました? 的にきゃみさまと顔を見合わせ。
徐にインベントリから採掘してきた鉄鉱石をジェネレート。
どちゃ、って感じでその場が鉄鉱石アイテムで埋まるくらいには、それは大漁で。
ずぼ! ってマンガみたいに鉄鉱石の山から顔を出して、ケンちゃん氏。
「え、えっと。やりすぎ、ました?」
「ふ」
呆然としていたケンちゃん氏が、途端に噴き出すように笑い。
堪え切れないように腹を抱えて。
徐に鉄鉱石の山を掌でぺいっとやって、タップ。詳細情報が投影表示される。
その数724個。
「ふっはははは! や、まさかさ。あいつらの10倍掘ってくるとは思わねぇじゃん? 君ら見た目はちゃんと女子高生してんのに、とんだゲーマーだ」
何ならちょっと嬉しそうに。
久々に根性あるやつ見ましたって喜ぶ大人みたいに。
どっちかっていうとオレたちは、そのケンちゃん氏の態度にこそびっくりしてしまい、ふたり、目を丸くして再度顔を見合わせる。
「"高純度"とか"良質"が幾つも混ざってら。お前ら魔銀なんて出なくても、これ一財産だぞ。まってろ、今計算する」
バックヤードにすっこんでいくケンちゃん氏。
置いてけぼりな感じに店先に取り残され。
「取り分は二人等分でいいのか?」
テントからのそんな声に、ただ茫然と、ええ、と。
出てきたケンちゃん氏から手渡された銀貨袋の重みに、思わず取り落としそうになる。
「え? え?」
「こんなにいいの? ケンちゃん」
「ちゃんと相場通りだよ。まぁ量が量だから、財布はすっからかんだがオレとしちゃ必ず消費するもんだからな」
恐る恐る革袋をタップしてみれば。
"粒銀入り革袋(2840シルバー相当)"
「!!!!?」
「わーぉ」
え、これ、きゃみさまと半分こしてこの金額なんだよな?
や、扱ったことがない金額ってわけでもないが、ゲームを始めてこの方、一日の稼ぎとしては初めてのそれに目を白黒させていると。
「服、買えそうか?」
「えっあっ、も、もうちょいで、届きそう、です」
「まぁケンちゃんさん的には、セーラー服の女子高生が通うってのも、目の保養だったんだが」
「も、もう!」
露骨な揶揄いに、久々に反射で反発しかけるも。
ふっと表情を緩めて。
「あ、りがとう、ございます」
「労働に対する当然の対価だぞ?」
「いえ、その事だけじゃ、なくて」
「そう思うんなら、服の事が落ち着いたら、次の装備もウチでよろしく!」
苦笑。
それも、直後、喜色満面のきゃみさまに抱き着かれ、有耶無耶に。
ホント。恵まれすぎて、居るんだな。




