第30回 「鍛冶屋と並んでケバブサンド食うだけ」
「ケンちゃんさーん!」
翌、8月24日、金曜日。
Thebes内。商業区画、リバーサイドマーケット。
おなじみ、ケンちゃん武器防具店。
未舗装の砂下地。テントに木机の簡易店舗。
店先の、丸太を短くぶった切っただけの、簡単な椅子に座って。
足を組んで気だるそうな顔。短い金髪に、よく見れば整った顔。スリムのジーパンは良く似合うが、白Tシャツには今日も今日とて謎の文言。
"醤油しか勝たん"
……選択基準は何だろう。
なんにしろいつも通りと言えばいつも通り。売れ行き芳しくないのか"シケた面"ってやつ。
通りから手を振って呼びかけてみれば、ハッとした様に顔を上げてきょろきょろした後、俺を見つけてぱっと表情を明るくする。
"暇つぶしが向こうから現れた"
くらいの軽さに、ここ最近の俺としてはむしろ安心感すらある。
「よう。ナツヒコ」
「えへへ、となりいっすか?」
応、座れ座れ。って丸太椅子を引き寄せる、ケンちゃん氏。
礼を言って腰を下ろし、懐から、先ほどマーケット入り口の屋台で購入したケバブサンド──のような物をジェネレートし、片方をケンちゃん氏に差し出す。
「これ、差し入れです」
「お、悪いな」
ケンちゃん氏は一層表情を明るくし、受け取るやいそいそと包み紙を空け、徐にかぶりつく。
ナンの様なもちもちした薄焼きパンをポケット状に割いて、レタスみたいな葉物、根菜の細切りや削ぎ落しの肉がたっぷり詰め込んである。甘辛いたれの匂いが鼻腔をくすぐって、とても食欲をそそる。
特にこのマーケット入り口のNPC屋台の奴は古参プレイヤーに評判だ。
「うまいよな、コレ」
「ですよね!」
目の前で白々しくも衣擦れに合わせて歪む"醤油しか勝たん"
なんにしろ俺も隣で包みを開け、あ。と口を開けてぱくり。
噛み締めるごとに肉の脂が染み出し、とってもジューシー。
特に俺としては、だ。
「こんな大口開けてかじってんの、きゃみさまに見られたら"はしたない"とかなんとかうるさいんスよ」
「……あの子自分は普通にホットドッグとかかぶりついてんぞ?」
「いふいんふよねぇ……もぐもぐ」
彼女には日ごろそれ以上世話になっているので、真っ向から拒否ってわけじゃないけれど。
鬼の居ぬ間と思って、もっきゅもっきゅと大きく咀嚼して。
ちょっと筋張っているけど、カットが薄いせいかそんなに気にならず、代わりに油っ気は多く、削ぎ落し肉がたっぷり詰め込まれたサンドはこの上なくジューシー。
こないだのビーフシチューはすっごい肉柔らかくて、本当によくできた料理って感じだったけど、こっちも単純に甘辛くて肉肉肉! って感じでジャンキーに美味い。
女性になってこっち、甘いものがスッゲェ美味かったりってのはあるんだけど、目下16歳の俺としては同時に"若者"でもある訳で。
「そういやこれ、"ケバブサンドください"って注文して、手渡されるのが"ケバブサンドのような物"じゃないすか。どういう事なんですかね」
「使ってる肉が"何の肉か不明"ってことになってるな」
「ふぇ!? これ牛肉ぢゃないんスか?」
「一説には"ヤクー"じゃないかって」
「あの外国にいる白くてフッサフサのウマみたいにでかいヤギみたいな」
「それはヤク」
「ちがうんすか」
「だいぶ」
「なんスかそれ、いきもの?」
「見たことないか? "牛蜥蜴"ちゅうか"牛どらごん"?」
「想像つかない……」
「ま、ゲームん中でデータ相手に"何の肉"でもねぇ気がするが」
「目下婦女子としちゃカロリー持ち越さないのは助かりますけどね」
あむ。と、サンドに口を付けながら、頭の中でなんとか牛とドラゴンをドッキングさせようと試みるも、どうにもうまくいかず。
「んー、ごちそうさん」
一足先にサンドを平らげ、包み紙をがさがさと丸めている、ケンちゃん氏。
わ。早い。俺まだ半分も食べてないのに。
こういう時、やっぱり"差"を感じる。
自分ではラフに食べてるつもりでも、やはり男のそれとは違うんだって、見せつけられるみたいで。
ん?
「あ、ケンちゃんさんちょっと──」
「うん?」
ケンちゃんさんの頬についたケバブのソースに気が付いて、何の気とはなしにそれを指で拭い。
指先に付いたそれを、あ、やっぱりこの期に及んで"ソースのデータ"が指先に残るのか。と持て余し。
ぺろ。と、舐めとってしまう。
「こんなとこまでリアルっすよね」
と、ケンちゃん氏を見れば。
顔を真っ赤にして片手で顔面を覆い。"あちゃー"って。
「お前……それは、アウトです」
「あ」
所謂間接キスみたいなやつ。
……自覚してみれば。流石にこれは自分でもアウトです。
「ご、ごめんなさい」
「お、お前さァ……」
辟易とした顔で、ケンちゃん氏。
「なんでお前、いはるさんより先に俺の前に現れなかったんだよ……」
「やーそしたらもっと苦悩してたんじゃないスか?」
「なんで」
「だって。貴男の事だから、俺と彼女を並べたら、伊春さんの方が好きなんだけど、それ以前に俺と恋仲になってたら、絶対に俺に"義理立て"するでしょ?」
そんなことを言い合って、真顔で数秒見つめ合う。
そのうちフスーって息を吐いて、ケンちゃんさんが"先に折れた"みたいな顔して。
「買いかぶりすぎだよ」
「まーそれ以前に今の俺が男と恋仲なんて"冗談じゃない"スけどねー」
ぼやくように言ってみれば。
ケンちゃん氏は空いた木箱に丸めたケバブの包みを投げ入れつつ、方眉を上げて意外そうな顔。
「そうなのか」
「そうですよ」
「でもお前、フユキの奴に言い寄られたことあんだろ?」
「まぁそうなんですが」
ケバブの残りを一口咀嚼し、ゆっくり飲み下して。
その間中こっち見てるケンちゃん氏に、あ、やっぱちゃんと言わなきゃダメ? って。
「……こんな体になって、俺自身が男みたいにふるまい続けるのは"合理的じゃない"。それは嫌ってほど思い知らされたんですけどね」
「だからって、心っていうか、俺の頭んなかとか、恋愛観なんてものは割と以前のままで、基本的には"男とイチャイチャ"なんて冗談じゃないって感じなんですよ」
「でもあいつ。高坂は大切な友達だし、あいつが本気で"女の俺"が好きってんなら、それは丸っと無下にもしたくないっていうか」
そこまで聞いて、ケンちゃん氏はこらえきれないって感じに笑い声を漏らして。
ひとしきり腹を抱えるようにして笑った後、覗き見るように、横目で。
う。金髪高身長いけめんのレアな流し目っていうか上目遣い。結構高威力。
「なんでェ。自分のがよっぽど"義理堅い"んじゃねぇか」
「ほーでふかね」
もっきゅもっきゅもっきゅ。
うん、ウマイ。
なんにせよ。
"ヤクー"がどんな生き物かは、あえて詳しく調べるまい、と心に誓うのであった。




