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第29回 「水色の縞々パンツ」



「やぁ、また来てくれてうれしいよ」

「あ、いえ、俺としてはあんなことあったのに、働かせてもらえるってだけで」



 翌、木曜日。

 アルバイト先の本屋。

 鬱憤に対して癇癪起こせればそれで満足。そんな部分もあったんだろう。

 聞いてもらって。泣いて。慰めてもらって。


 2日しかたってないにも関わらず、俺の気持ちはだいぶすっきりしていて。



「どうする? 接客もう嫌ってんなら……」

「いえ、もう少し頑張って見ても、いいですか?」


 気を使ってくれる店長に、多少強がり半分、だけど。

 にこりと笑ってそう返せば。


「おや。なんだったら神谷ちゃん。その顔のまま立っててくれたらいいんだけど……」

「ふふ。"(つく)る"のは無理ですっ」



 くすりと、肩を揺らして、レジに入る。

 現場にはなんだかソワソワした感じの高橋さんが居て、俺を見るなり安堵したような深いため息。


「あ、ああたすかった……あ、だ、大丈夫か? もう平気か? な、なんだったら迷惑客ぶっとばすのだけオレがっ」


 どうやらだいぶ無理してポチポチ打鍵してたらしい。

 やはり1秒間2連打ではお客を捌けなかったようだ。


「お騒がせしました。──大丈夫ですよ。とんでもないの来たら、お願いしますね!」


 そう言ってガッツポーズしてみせれば、高橋さんは何だか目を丸くした後、いきなりブワッと顔を赤くして。


「お、おう」


 そんな事言いながら、そそくさとバックヤードにすっこんでゆく。


 …………。


 あ、あー。

 ガッツポーズひとつ取って見ても、野郎(おとこ)がやるのと女の子とじゃ意味変わっちゃうって感じか。


 "アンタの見た目が、周りに及ぼす影響って奴を"


 加減が難しいよ。きゃみさま。


 ふと、隣のレジで間崎さんが手を振る。

 高橋さんと同じく、俺より先にここで働いていた大学生で、俺より少しだけ背の高い細身、長いポニーテールの快活な女性。

 明るい亜麻髪で、俺が髪括るのと大分印象違うなって。


「よ。おかえり」

「ご迷惑おかけしました」


「迷惑なのはセクハラ男の方。神谷ちゃんはなんも悪くないよ!」

「せ、セクハラって程の事も、されてないんですけどね……」


 実際、セクハラというよりはただのナンパだった。

 でもそのナンパって奴を、俺がされたことがなくって。

 予想以上に"効いちゃった"ってかんじで。


「お守りしますぞ姫! 拙者で倒せそうなやつなら! にんにん!」


 そんな冗談を言って、今度は間崎さんがガッツポーズ。

 あ、うん。これ。小柄な女の子がやると可愛いんだなって。


 ふふ。って。

 レジ裏でふたり、笑い合う。


 嗚呼、ありがたい、な。

 俺は職場に恵まれたんだと、思う。

 だったら。俺も。返さなきゃな。



◇◆◇◆◇



 思いも新たにレジに立つ。そんな木曜、夕方。

 時間帯は"仕事あがりの社会人が帰宅ついでに"って辺りに差し掛かって。


 今のところ普通にこなせてる。

 そうさ。こないだのナンパ野郎みたいな客の方が稀なんだ。

 何のことはない。慣れて行けばいいんだ。


 まぁ警戒というか動きやすさもあって、今日はジーンズのパンツですが。

 これだってさ。昔はジーパンなんて何本も持ってたから、そのまま使えりゃ安上がりだったんだけど。

 男の頃の俺は、中学二年にして身長180近いデカブツでさ。今の俺は160にも満たないちんちくりん。どう繕ったって再利用(・・・)は無理でさ。


 ……買ったよ。5980円。どちくしょうが。


 それでなくても男より色々と物入りだというのに。

 はなもはじらージョシコーセーにはお金が必要なのだ。

 さぁ心機一転がんばるぞ。と。



「これお願いしまーす」


 レジ裏で一人百面相していれば、そんな声。

 おおっとお客様お客様。


「は──い……」


 見れば、二日前にも俺が会計した、サラリーマン風の男性。

 短めに刈り上げた黒髪がそれなりに清潔感を出すも、この現代における今日一日のお仕事に適度にくたびれて。


 あ、この間の人だ。


 って俺がピクリと動きを止めてみれば。

 間崎さんが隣のレジから目線。緊張が走る。

 ちらりとそちらを見やれば、間崎さんは"処す? 処す?"ってやる気満々な顔してるんだけど、ええと。


 "この人別にこないだも何もしてねェ"


 のである。

 なんだったら"可愛いね"って誉めてくれただけなのである。

 その"可愛いね"が。俺にとって誉め言葉ではなくても(・・・・・・・・・・)、ただの社交辞令。それに険を返す方が無礼。


「748円になります」

「じゃ、これで」


 差し出される紙幣。レジ打ち。釣銭を。──トレーに置いて差出し。


「あの」

「う、うん?」


「せ、先日は、態度悪くてすみませんでした。その、初めてで緊張してて……」

「へ? あ、ああ一昨日の……」


 どうやら今この瞬間まで、同一人物とすら思っていなかったご様子。

 案外そういうものなのかもしれない。

 俺が、気にし過ぎだったのかも。


「いや、こっちこそごめん。ちょっと馴れ馴れしかったかな」

「いえ、大丈夫ですよ」


 そう言って、ふふ。って笑い合って。ぺこりと頭を下げれば。

 サラリーマン風の男性はにこりと笑って、軽く手を振って店を後にする。


 悪意、ばかりじゃないんだ。


 隣で、やったね! って間崎さんが握った拳をフリフリ。

 アンタさっき処す気満々だったやん。って感想は無粋なのでさて置いて。

 応を返す様に、俺もガッツポーズ。


 と。


「すみませーん」


 おっと接客接客。

 見れば、バンダナ眼鏡にチェックのシャツにリュックサック。はみ出すポスター。

 おい何がとは言わねぇがナントカのトリプルスコアじゃねぇか。

 

 いやいやまてまて。

 ここで俺が見た目で判断したらダメだろ。

 自分がされて嫌なことはナントヤラって。

 

「いらっしゃいませー」

「ね、ねェ。キミ可愛いね。……今日のぱんつ何色?」


 うわダイレクトなやつキタ。


 助けを求めるように隣をチラ見すれば。

 間崎さんは殺気をまとった黒々しい笑顔で、"あ、処すね"って決定事項な顔してこちらへ足を向けている。


 あ、これ、俺が何とかしないとこの兄ちゃん〇ぬやつだ。


 何なら一昨日吐きそうになっておきながら、今日ここで何とか場を円満に繋げようとしてる自分が滑稽だが。


 え、ええとええと。

 どう返そうって客を前にして悠長ともいえる思考を巡らせていれば。


「水色のストライプですー」


 そんなセリフ。

 あれ俺そんな事言ってない。

 というか今日そんなパンツ穿いてないっていうか、そもそも縞パンなんて持ってない。


 見ればぎょっとした顔で俺の後ろを凝視している客。

 そこに何がと、振り返ってみれば、鬼の形相で口だけは笑っているつもりらしい吉沢店長。


 ててん。

 心情的にはそんな効果音。

 見下ろしの静止画。店内。



 あ、あはっ。

 って顔でなるべく笑顔を作りつつ客へ向き直る。


縦縞(・・)な」


 後ろからそんな、ドスの利いた低い声。

 ……知りとう無かった今日のよしざー店長のトランクス。

 たぶん、トランクス。


 何にしろガクブルと震えながら黙って会計のやり取りをし、逃げるように店を後にする客。


「あ、ありがとうございます」


 苦笑いで、店長を振り返る。

 フンスって顔の店長。してやったりって顔でゲラゲラ笑ってる間崎さんに、なんだなんだとバックヤードから顔をのぞかせている高橋さん。



 悪意ばっかりじゃない。

 守ってくれる人がいて。

 守られることに釈然としない、いままでの俺が居て。

 守られなきゃ生きていけない俺も居て。


 ──守ってくれて、うれしいなっていう俺が。




 この匙加減は難しいな。

 難しいな。って。苦笑。して。




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