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第28回 「ままならないわよね」



「ったく! なによ鳥山ァ! 慰めてほしくて(・・・・・・・)受診したんだってのに!」

「でも、知れて、良かったよ」


 女性へ転換した時からの契約で、この身体に起こった事のデータフィードバックをする代わりに、カウンセリングその他もろもろのサービスを無償でしてくれる医者がいて。

 男の性欲キモチワルイ。拒絶反応に近い。これって俺の甘えですか? おかしいことですか? って、久々に受診、した。その帰りの道すがら。


 結果的に"んなこたぁない。タイミングが違うだけで、いたって普通の女の子の反応だ"と、お墨付きをもらえたまでは良かったのだが。


 ついで、みたいな感じで。

 "まぁ普通の女の子だからこそ、いつか分からないけど生理が来るよ"

 みたいなことを宣告された。


 正直、衝撃だった。

 その瞬間まで、女性16歳にして"それがない"ことを疑問に思った事すらない自分にも、心底呆れるが。


「正直憂鬱だよ。少なくとも今の俺には、懸念材料でしかない」


 なんだかお腹に爆弾でも抱えた気分で、また、下腹を擦る。

 普通なら女10年も生きたらばそろそろ(・・・・)か、といった目星すら、途中で変わった俺には付けられない。

 よくある漫画とかの、授業中に初経が来て足に鮮血、クラスメイトに指摘されて、なんてハプニングを想像し。

 自分は、ともすれば二十歳を超えてから、職場でそうなるかもしれないのか。なんて。

 考えれば考えるほど憂鬱だ。


 でも。


「でも、知れて、よかっ──」


 瞬間視界がにじんで、自分でもあれ、と思う間にボタリ、と。

 自分の足元にぽつぽつと水滴が落ちるのを、不思議そうに眺めて。


 嗚呼、自分は泣いてるんだと思う間もなく、隣を歩く友人に、強く、抱きしめられた。




「このアタシが、絶対にアンタを一人になんかさせないから」




 重なり合って交差して、肩ごしの向こうからそんな声。

 そんなことされたら、もう抑えなんか効かなくて、道のど真ん中で声を上げて。


「よく……ない! こんなの、いらない! ほしくない! ほしく、なかった! きゃみさまぁ!」

「そうね。ままならない、わね」


 諦観のような。達観のような。

 そんな、声。



◇◆◇◆◇



「少しは落ち着いた?」



 ずび。と鼻をひとすすり。黙って首肯する。


 俺がひとまず泣き止むまで、肩を抱いて路肩にすっこんで。

 もう涙出ない? じゃあ一寸そこの茶店(サテン)はいるよ。

 アタシが全部やるから。下向いてればいいから。って。


 何名様ですかー? 二人ですー。って、俺の事隠しながら。

 顔上げなくていいようにって手を引いて、一番奥の目立たないボックス席に陣取って。

 泣き顔見られないようにって、俺を手前側に座らせて。

 注文取りに来たウェイターが、俺の泣き痕見てぎょっとする間もなく、有無をも言わさず二人分注文して追い返す。


 なにこれきゃみさまマジ王子。

 これで女の子じゃなかったら惚れてる。いや女の子だからこそ惚れちゃう?

 あれ? あれれ?


「きゃみさまって」

「なぁに?」


 クスリとわらって。お冷のグラスを指でなぞりながら、小首をかしげる。

 つややかな桃髪がさらりと肩から流れ落ち。

 今日のいで立ちはたまに見るロングシャツとレギンスの組み合わせ。

 ボーイッシュな方のきゃみさま。

 

「めっちゃカッコイイよね」

「アハハ惚れるなよー」


 そんなやり取りをしていれば、注文に先立って、きゃみさまが頼んでたらしい温かいお絞り。

 手渡されて、はて、この真夏に温かいお絞り? と俺が首を傾げれば。


「それ、軽く目に当てて、しばらくじっとしてて」

「え、う、うん?」


 ひとまずお絞りが冷めないうちに。言われた通りに取り出して目に当てる。

 泣き腫らした目に、それはじわりと温かくて。


 目隠しみたいになって見えない向こうから。


「貴女がほぼほぼノーメイクで、今は助かるわね」


 そんなことを呟きながら、何やら鞄をごそごそしてる音。

 もういいわよ、って声でお絞りを下ろせば、目の前にはコンパクト型のパウダーパレットみたいな化粧品と、なにやら細筆のようなものを構えたきゃみさま。


「???」

「じっとしてー」


 俺がぎょっとして身を引こうとすれば、優しく引き留められて、さらさらと泣き痕が化粧で隠されてゆく。


「女の子はねー、いや、まぁ男でもそうなんだけど、気にする度合いがね。……人ってね、泣くとバレちゃう(・・・・・)のよ」


 そう言って化粧を終え、俺から顔を放して全体像を確認。"うん、可愛い"なんて一言呟いて。


「あ、りがとう」


 正直化粧水以上の化粧なんてしたことなくて、俺が目を白黒させていれば。


 "それ、部屋に帰ったらすぐ洗い落としてね。隠すための、であって正直泣き痕に化粧なんてお肌に悪いから"

 "そうなんだ?"


 "家に着くまで目ぇ擦っちゃだめよ? 汗かいたり、もっかい泣いたりも禁止"

 "なにそれ。やっぱり化粧ってメンドクサイ"


 "そう言っていられるのも十代の内よ、このぷるもちほっぺ!"


 そんなこんなを、やいのやいのとやっていれば、本命の注文が届く。

 きゃみさまがいつも通りブラックのコーヒーを引き寄せ、俺の前にはホットミルクが差し出される。

 そんで俺が手ェ出すより先に、ミルク差しになみなみと溜められたハニーシロップをぶんどって、ホットミルクの上で逆さに向ける。

 そんで付属の匙でぐーるぐーると。


「え」

「なっつん甘いの大丈夫でしょ?」


「にしたって」

「今は糖分取りなさいよ」


「ハ、ハイ」

「女の子の安寧はね、甘いものと可愛いもので出来てるの」


「……さいですか」


 すこぶる甘い、ホットミルク。

 泣いた後の胃袋に、沁み込むように。


 ほう、と。一息、吐いて。カップを置く。

 窓の外に目を向けていたきゃみさまが、ぽつりと。


「ねぇ、なっつん」

「う、うん?」


「追い討ち、かけちゃうかも。なんだけど」

「う。もう、だいじょうぶ。……たぶん」


 きゃみさまはカップを引き寄せてひとすすり。

 その目は窓の外に向けられたまま。俺の方を見ないまま。


「アタシ、それでもやっぱり。貴女が羨ましい」


 ドキリ、と。どう返していいかわからなくて。


「でも」


 とだけ呟いて、続けられなくて。

 其処できゃみさまはこちらを向き直って。


「この先──」

「うん」


「なっつんにね。好きな人ができたとして」

「できる。かな」


「もしもの話しよ。──その人と結ばれたとして、なっつん、その人の赤ちゃん、産めるかもしれないんだよ? それは、きっと、幸せな事よ」


 何か。

 そういうまじないであるかのように。

 鳥山博士の話以降、何か、そこに在るような気がして、また。

 下腹を擦って。


「お、れは。怖い。この腹の中に別の命が、なんて、考えただけでもゾッとするんだ」


 言ってから。ハッとして。


「あ──ご、ごめ……ん」


 きゃみさまはプッっと噴き出すように笑って。

 堪えきれないようにくすくすと、でも、何だか、可憐に笑って。


「もう。それはもういいって、昨日言ったでしょ。アタシは欲しい。アンタはいらない。それでいいのよ。──でも、アタシには逆立ちしても手に入らないものだから、サ」


 そう言って目を伏せ、カップに口を付け。

 また、窓の外を見る。


 俺は、下を向いて。

 今は、スカートに包まれた自分の足を恨めしく思いながら。



「ねェ。きゃみさま」

「うーん?」



「何でこう言うのって、"欲しい奴のとこに降って来ない"のかな」

「ままならないわよ、ねェ……」




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