第4回 「お前は知らないかもしれないけどその姿が怖い」
行政区画と商業区画の丁度隙間地帯のような場所にある、"始まりの庭"
全てのプレイヤーはキャラクター作成後、チュートリアルを経て、ここからゲームを開始するとされている。
逆に言えば、高坂がゲームを始めたら必ずここから出てくるのだから、先に行って待ってようってことで。俺ときゃみさまは久しぶりのThebesで、やいのやいのと無駄話を弾ませながら始まりの庭へ。
「相変わらずアクセス悪いわよねー」
「わざとじゃない? 最初からゲートクリスタルに直行されて"テレポート移動であー便利便利"ってのも風情がないし」
「まぁそれはあるわね」
ほんの一月ほど前、自分も渡って出てきた古風な石橋。
意気揚々と、今度はそれを逆から渡って、朽ちた神殿のような場所へ。
苔生した石肌。一面に咲き誇る花々。なぜかそれだけ機能を保った噴水が、午後の日差しを受けて煌めく。
オンラインゲーム、ThebesWorldOnlineのプレイヤーアバターは全員、"セレクトリア人の人間"として、この噴水の前に理由なく発生する。
──とされている。
ThebesWorldOnlineは実のところ、それほど売れたわけでもない、知る人ぞ知るファンタジー小説「Thebes」を原作に、その世界をやりすぎなほど忠実に再現していると言われている。
だが、そのファンタジー世界を舞台にオンラインゲーム化するにあたって、プレイヤーが何故この世界に来たのかの理由付けなんかは、"気がついたらここにいた"程度のテロップでしか説明されない。
後に誰もが、誰かしらから語られる。
"思うままに、何でもやって見ろ、Thebesはその全てに答えるだろう"
だ、等と。
まぁゲームの成り立ちも気にはなるけど、何にせよ、今は高坂だ。
きゃみさまと二人、何気ない話をしながら、付近の石材に座って高坂を待つ
やがて目の前で薄青く輝く光が収束していき、何かのスキャン光みたいに上からツーって人の形を描画していく。
見間違えようもない。高坂冬樹だ。
アバターの見た目は現実と同じで、ビジュアルトレーサのスキャン直で来ると言っていたが、ほんとに少しもいじらなかったんだな。
まぁその辺は俺達とて同じなので、むしろ都合が良い。
「お、おお」
驚いてるんだか、実はそうでもないのか。
面食らったような声を漏らす高坂に、何方からともなく声をかける。
振り返った高坂が、俺達を認識するや、さわやかな笑顔で駆け寄ってくる。
其れだけのはずだった。
高坂の格好は浅巻きのぼろきれというか、かろうじてターバンのようなものを頭に巻き付け、安っぽい毛皮のマントを羽織っていた。
へぇ、初期装備ってあんなものまで選べるようになってんだー。なんて何気なく思う一方で。
なんの偶然かその姿は──
焦燥。
ひやりとした汗が背中を伝い、呼吸が荒くなる。
俺の様子を不審に思った高坂が駆け寄り、俺を見下ろす。
約15センチ程度の身長差。
俺は見上げる。
ダメだ。その姿は。その構図は。あの時と。同じで。
「……なっつん?」
「あ……」
俺は──
先日の事件の折。このThebesの中で。
"これと同じ姿をした何かに乱暴されかけた"
「バグ」だ、と、説明された。
高坂は今この瞬間にThebesを始めた。
二週間半前のあの時点で、この世界に存在するはずがなくて。
だから高坂の顔をした、高坂ではありえない何者かに、押し倒されて服を破かれて。高坂の顔で、こいつが絶対にしないような下卑た嗤い方をしながら、俺の下着に手をかけた、そいつ。
その姿と、ダブって。
殆ど反射で、俺は恐怖してしまって。
ああ、やめろ。そんな顔見せたら高坂だって傷つくだろ。こいつは先日の事件なんて何も知らなくて。
ただ純粋に俺のこと心配してるだけで。
はやく。はやく。
"なんでもない"って笑え。
笑──
「──んん!」
同じく先日の事件を共にして、事情を知るきゃみさまが、俺の様子を見て察した様に。
肩を抱かれて、強引にうしろを向かされる。
「きゃみさま?」
「っとぉ! ごめんねぇ冬樹君。なっつんこないだのゲーム内イベントで、男の人相手にちょっと怖い思いさせられちゃってさ。思い出しちゃったみたい」
嘘は言っていない。肝心な部分を言わないだけで、上手くはぐらかすきゃみさま。
しかしながら高坂にしてみれば、上手く状況が呑み込めないだろうか。余計に心配した様に俺へと手を伸ばすが。
「──高坂君」
釘を刺すような声音に、高坂は目を白黒させながら手を引っ込める。
安堵。して。
「はっ……はっ……ぁ」
「なっつん。ゆっくり呼吸して。大丈夫だから」
「ご、めん。……たすかった」
自分でも驚いた。
こんなに。
あの件をこんなに引きずっているなんて。自分でも思っていなくて。
「え、えと。ごめん。僕、なんか……?」
「冬樹君。頭の布と毛皮、外せる? その暴漢と一緒なのよ、それ」
「わ、そ、そう言う事か! ごめん」
"外すったって、どう?"
"ああ、ええとコマンドウインドウの出し方が──"
そんなすったもんだの末。ようやく高坂が装飾を剥ぎ、簡素な黒いシャツとブッシュグリーンのカーゴパンツといった格好になる。
大丈夫。大丈夫だ。
あんな嗤い方しない。
高坂は、あんなことしない。
そう自分に言い聞かせ、深く息を吸って、吐く。
「わ、わるい。高坂、ごめん」
「いや、僕の方こそ、なんかトラウマ抉ったみたいで」
俺から一歩遠のき、降参するみたいに両手を上げる。
なんだそのポーズは。ああいや、さっき心配して手を伸ばしたときに俺がそういう顔しちゃったのか。
気を使ってくれてんのか。そうか、そうだな。
そういう奴だ。高坂。
まだ、動揺が有るものの。
少し無理にでも笑顔を作って、離れようとするのに追いすがり、思い切って高坂の手を取る。
「すまん、高坂。気を遣わせた」
「あ、いや、なっつんこそ、大丈夫?」
どきりとしたような顔、何故か少し顔を赤らめて目を泳がせる。高坂。
ん? なんだその反応は。
いや、あ、そうか。
"そう言えば自分はコイツの意中の相手であった"
苦笑、して。──なんとか、できて。
「押し倒されてさ。思いっきり抵抗したのに歯が立たなかった。情けないよな」
俺としてはもう大丈夫って、場を和ませたくて。
ははは、失敗しちゃった。はずかしーよな。みたいに。
笑い飛ばすようなつもりで、そんな風に言ってみるんだけど。
高坂は顔を歪めた。
「なっつん……」
「なっつん。そこ強がんなくて良い」
そんな声に、振り返れば高坂と似た様にしかめっ面のきゃみさま。
「え」
「"力でねじ伏せられる"って、怖いわよね。何も情けなくなんてない。"女の子として"普通のことなの。悪いのは乱暴する奴」
「いやでも」
「しゃらぷ。なっつん、貴女ある程度無自覚なのは仕方ないにしたって、いい加減無防備でもいられないわよ」
お説教である。
「わ、わかってる。……つもり」
「本当にわかってる? ……冬樹君!」
「──ふぇいっ!?」
突然名前を呼ばれた高坂が素っ頓狂な声を上げる。
「なっつんの手首を掴んで!」
何をと思う間もなく、びっくりした顔のままの高坂が俺の手首をつかむ。
わけがわからないまま両手の自由を奪われた状態だ。
「そのまま迫って!」
有無をも言わさぬきゃみさまの指示に首をかしげながら、でも言われるがまま、高坂が覆いかぶさるように俺の両腕を押し込めてくる。
いやなんだよそれ? と、突然の理不尽に抗うべく、俺も掴まれたままの手首を押し返す。
なんかキャラクター筋力値の押し合いみたいなゲージが表示され、キャラクタ―レベル自体は俺の方が高いから、本来圧倒的有利なはずなんだけど、"体勢が悪い"みたいなペナルティで押し切られている様子。
なんかピンチですー的なメッセージウィンドウが視界端に表示されるが、Yes/Noみたいな選択を迫るそれに、内心で「この状況で押せっかよ!」みたいにツッコミを入れる。
「ふぎぎぎぎ!」
「え? え? いやあの、ごめん?」
が、戸惑った顔のまま、高坂は別段無理矢理力を込めている風でもないのに、あれよという間に押し込められていく。
こっちは精一杯押し返してるつもりなのに。びくともしやしない。
そのまま高坂の顔が。近づいて。
別に、嗤ってない。
高坂はただただ戸惑っているだけで。でも。
じわりと、また。
「…………」
「………………」
「あ。なんかちょっと悔しいわね。すとっぷ。そこまで」
高坂との間に微妙な空気が流れ始めたところで、きゃみさまから静止の合図。
高坂はぱっと押す手を止め、逆に俺が後ろに倒れないように手を引いてくれる。
「ごめん、怖かった?」
「あ、いや」
"何だこの茶番"って顔した高坂が、とりあえずやったことを詫びてくるが。
俺はそんな指示を出したきゃみさまにこそ、恨みがましい目を向ける。
当のきゃみさまはヤレヤレって顔してフンと、鼻息。
「これでわかったでしょ」
「なにが!?」
俺が がっでーむっほわーぃ! みたいな三流外国映画じみたジェスチャーで抗議の意を表してみれば。
「"力づく"されてみてどうだった? 抗えたかしら? あれで、高坂君が本気だったとして、どうにかできた?」
「や、あの、ぶっちゃけゲームん中ならレベル次第な感じで」
「しゃらぷ! あのね。貴女の男相手の距離の近さを、"誘ったのはそっちじゃないか"なんてクッッッソふざけた勘違いして迫ってくる男なんて、このゲームに限らず! 現実だって! ごまんと居るの!」
「や、その」
「冬樹君みたいにヒョロ──じゃなくってえっと線の細い男の子でもああなのよ? いい? そういう状況になってからじゃ遅いの。心配してるんだよ?」
「ご、ごめん」
ヒョロってあたりで高坂が"何かが突き刺さった"ようなズビャシ!って顔をしたかと思うと、空気が抜けるみたいにしゅーんてなる。
ぶっちゃけここはゲーム内で、レベル1の高坂には不意打ちでない限り負けようもないのだが、さすがにきゃみさまの言わんとしてるところは伝わったので、何も言い返せず小さくなるしかない。
二人して叱られた子犬みたいになっていると、プンスコぴょんみたいに怒ってたきゃみさまもふと表情を和らげた。
苦笑、して。
「アタシもごめん。でも、油断しない事ね。貴女可愛いから」
「気をつけるよ」
「ぼ、僕ももうちょっとがんばります」
「あ、ちょ、ちがうの。冬樹君さっきのは言葉のあやっていうかうまい表現がとっさに見つからなかったっていうか──」
慣れたもので──
いや、こんな生活にも少しは慣れたかと思ってみれば。
俺達の日常は前途多難だ。




