第3回 「Thebesってこういうゲーム」
ログイン。
きゃみさま、高坂と申し合わせて、ThebesWorldOnline──TWOと略そうか。ゲームの中で落ち合う事になった。
キャラメイクからして、こだわれば別人になる事も、と事前に説明したが、高坂はビジュアルトレーサ直……つまり現実の高坂自身のコピーで良いという。
まぁ、俺やきゃみさまもそうであることを考えれば、その方が何かと都合もいい。
そうであればと、集合は各々昼食をはさんだ午後2時。
俺ときゃみさまは、先にゲームにログインして高坂を待つという手はずだ。
ゲーム内に俺のキャラクターが生成されると同時、視界が開ける。
目の前に映るのは石造りが主体の、昔の欧州辺りの外国じみた建築。
ゲームの中に生成される、所謂「ゲームとしての都市」感はほとんどなく、見渡す限り、視界の端まで広がる街並み。
驚くべきことに、この全てに近寄って触れることができ、また、戸を開けて中に入ることができるという。
振り仰げば、遠く、丘の上に王城。
街を貫く大きな運河があり、街はその両岸に寄り添う形で広がっている。
これが全部、データ。
オンラインゲーム、テーベ・ワールド・オンラインにおいて、プレイヤーが最初に降り立つ街。
"セレクトリア王国領王都ヴァルハラ市"である。
何度も言うが、これはゲームの話だ。
今やゴーグル大の大きさのログインデバイスによって、人の脳波を遮断し、ゲーム内に生成された詳細なゲームキャラクターに疑似接続することによって、まるで憑依した様に、別人になったかのようにバーチャル空間を動き回ることができる。
ヴァルハラ市の規模は現実の俺の住む街を凌駕する。
そしてセレクトリア"王国領"というあたりで察するに同程度規模の都市がこのほかに一つ以上、或いは複数存在し、なおかつ"国外"の存在を仄めかす。
俺も実際にセレクトリア領コーレル市だの、シュヴァイツ市だの、旧コーレリア帝国領だのへ行ったこともある。
自宅に居ながらにして、馬車でリアルに何日もかけていくような、国外旅行だ。
実際往復することになったらと思うと、相当ダルい距離だ。一度行ってしまえば瞬間移動的な手段もあるらしいが、未開の地への移動は、ほぼ自力だとか。
俺だって、こんな事になる前はよくあるふつーにビデオゲームもやるような男子中学生だった。PC画面を前にゲームパッドだのカチャカチャやりながらゲームしてたよ。
逆にそういう常識があるが故に、"異常"だとすら思う。
このゲームの"大きさ"というか、その"データ規模"が。
と、まぁ。
今それを言っても始まらない。
要は現実さながらに振舞う事の出来る仮想世界さ。便利になったものじゃないか。
俺は当初の目的を思い出し、ゲーム内で高坂を迎えに行くべく、ひとまず自分の現在位置を確かめようとした。
最後にTWOをプレイしたのは何時だっけ?
とりあえずもとりあえず、ゲーム内の自分の格好を見下ろして目を丸くする。
目に映るのは濃紺に白の一本線のセーラー襟。同じ色の膝下丈のプリーツスカート。
いやいやちょっとまて。
ここゲームん中。これ現実の学校でいつも着てる制服やん。
県立△△南高等学校女子生徒用のセーラー服。なんでやねん。
どうしてこうなった?
いや、ああそうか。
そういえばこのゲームにはきゃみさまに強引に誘われて。
其れにあてつけるように現実のカッコと全く同じにして見せたんだった……。
よく見れば、前開きのセーラー服の前は開けられ、その下の黒いTシャツが露になっている。
後頭部に手をやってみれば、本来胸元に有ったであろうスカーフで、後ろ髪が高く括られている。
これは、俺がつい最近まで、それこそこの夏休み直前まで、現実でよくやっていた格好だ。
制服として、女生徒として、女の子の格好をせざるを得ない自分への皮肉というか。少しでも男っぽい恰好をしていると"自分に言い聞かせるため"の虚勢だった。
今は、それが虚勢だと、自分でも思う。
なんだか可笑しくなって。ついでに言うとちょっと恥ずかしくなって。
そそくさと制服の前を閉じ、髪を括るスカーフを解いて、襟下で結び直す。
スカートのウェストに重ねたベルトをいじって目に入る。自分の得物。
ベルトからさらに伸びた吊るしに佩く、飾り鞘の日本刀。
俺はいよいよ顔をしかめ、ほんの3週間前の自分に恨み言の一つも言ってしまいたくなる。
"お前、セーラー服でこんなもん腰に佩いて振り回してたのか"
と。
今日は仕方ないにしろ、こりゃ姿格好から考え直しだな、と、溜息。
嗚呼、今日はこのまま高坂を迎えに行かなきゃいけないのか、と、更に溜息。
そそくさと吊るしの剣帯をほどき、不要になった重ねのベルトもインベントリにしまう。あ、インベントリってのはアレだ。ゲームには有りがちな、何処にしまってっかわかんないあの"異次元倉庫"みたいなやつ。
こんだけリアルでもThebesだってゲーム。そこはそこ。便利機能はちゃんとあるようで、俺のこのアバター、"なつぴこ"の筋力値に応じた許容量のインベントリが用意されている。
手が空くって素晴らしい。
いやこの姿になってから折に触れて思うが、女性向けの鞄の容量の少なさときたら悲しくなるほどだ。そのくせ持って歩かなきゃいけない小物の多い事。
ポケットティッシュとか可愛い絆創膏とか、誰が誰に使うんだよって思うんだが、「そのくらい常に持ってろ」と、鞄の中にギッシリ詰め込まれた化粧品を見せられながら、きゃみさまに叱られる。
一度、きゃみさまと買い物に出かけるのに男の時に使ってたリュックサックを背負っていったら
"山ガールかっ!"
とか、すごい勢いでダメ出しされた。仕方ないから肩掛けの小さな鞄を買った。
あれ、何にも入んないんだよな。
しかしまぁ手は空いていた方がいいと思うものの、何もないならないで、このゲーム世界の中空手というのも逆に心細く。
鞘身一つになった日本刀。女には少し大きい、男性用ミディアム、といった具合の其れを、紙袋からはみ出したバゲットを抱えるみたいに、両手に抱く。
さて、一応の現状確認も終わり、いよいよ新規キャラクターの初期発生地点たる"始まりの庭"に移動するべく現在地を確認する。
目の前にはちょっと古風な石造りの宿屋のような建物。
これがあるって言う事は、"宿泊街"だ。
あれ、こんなところでログアウトしたっけか?
あ、これってもしかして──
ゲームの再開地点に覚えがなく、首をかしげていれば、背後でキャラクターがワープアウトするような"しゅわーん"て音。
いや、こんな位置もあいまいな宿泊街の一角にワープアウトもくそもない。多分、俺と同じように今、この瞬間、この場所にログインしてきた誰かだろう。
誰か、と思って何の気とはなしに目をやる。
今となっては懐かしさすら感じる、つい3週間前までいつも見ていたツインテールのきゃみさまがそこに居て。
自分の格好を自覚するや、くっそダルそうに顔を歪めた後、徐に髪を止めていたリボンを引き抜く。わずかに乱れた桃髪を背中に払ったところで、俺と目が合う。
「「あっ」」
そのまま数秒、お互い固まった後、ふときゃみさまが破顔して笑う。
「なっつん、あんた、こないだのイベントから一回もThebesしてないんじゃないの?」
「きゃみさまこそ」
俺も、苦笑して返した。




