第24回 「考えたこともなかった」
「らっしゃっせー」
「神谷さんもうちょい可愛く言えない?」
「……無理ですー」
明けて火曜日。夕方。
現実。アルバイト先の書店。
学校帰りに寄っていける本屋。というのはつまり。
夏休みの今は、自宅から出掛けて行かなければならない場所である、という事で。
チクショウ。金稼ぎに来てるってのに、移動で交通機関代とか使うわけにはいかない。
ぜってぇ自転車で何とかしてやる。
てか私服で来なきゃいけないし、ロングスカートでチャリとかマジだるい。
次は絶対パンツで来よう。
今日は若草色のロングスカート。上はもう白のカット……ソーというよりTシャツ。スカートのウエストなんかゴムの奴だ。
いいんだ。バイトの間なんざ楽さ重視だ。
いやそんな事言うなら、こんなとこ別にきゃみさまが見てるわけでもなしに、ジーパンとかで良かったんだ。
そういや、動きやすいからって一着だけ持ってた黒の薄手のスキニーパンツは、見事に下着のラインがくっきりばっちりだった。
あうとらいんってやつだ。ばっちり響いてたわ。
つまるところ女の子が動きやすいってのはそういう事だ。
そういうの考えた下着選びとかだるい。めんどい。あのパンツはしばらく封印だ。それか丈長のシャツにするか。ケツまで隠れるやつ。──だから稼ぎに来てるんだってば。金使う方のことなんて今考えたくない。ああもう。
貸与された書店のロゴ入りの黒いエプロン。
見下ろして溜息。
これさえ着ければ制服で良いって……結局服選びで頭使う事になってら。
うまくいかないもんだな。はぁ。
「にしたってレジ打ちがそれじゃ困るよ。せめてもう少し愛想っていうかなんて言うか」
「なんです? 裏方に使ってくれる気になりましたか?」
先程から横でありがたい苦言を呈してくださってるのは店長の吉沢さん。チェックのシャツにパンチパーマのひょろっとした男性。
何かっちゃ何とも言えないんだけど何かを彷彿させそうな風貌。
「キミねェ……ハァ、すごい逸材と思えば。ちょっと内面と外見が乖離しすぎじゃない?」
「……よく言われます」
「言われるんだ……」
「あのー、レジいっすか」
「あ、はーい。神谷さん! 笑顔笑顔!」
「うぃース」
気だるげに見上げてみれば、レジ越しに会社帰りのサラリーマン風の男。
手に持ったマンガ本を差し出しながら
「新しいバイトの子? 可愛いね」
別にいやらしい目つきってんじゃない。彼にとっては何気ない社交辞令。なんだろう、多分。
しかし否応が無しに眉が寄る。ザギュゥって音が鳴りそうなほどのしかめっ面を自分で自覚する。
「ありゃとーござース」
「ハァ」
隣で店長の溜息。
先が思いやられるなァ。って。
多分お互いが思ってんだろうなって。
サラリーマン風の男性客は、別にその接客に腹を立てるってわけでもなかったけど。
でもやっぱり面食らった様にぎょっとして、すごすごと清算して店を出て行く。
まず、俺を顔から見て。お。って顔して。次に胸を見て露骨に残念そうな顔をして。全体のシルエットというか、体型を見て、まぁいいかみたいな顔して商品を差し出すんだ。
ヒトって。他人って。大人って。男って。そんでもって多分、昔の俺だって。
普段からこんなにも値踏みしながら過ごしていたか。と。
何なら先ほど俺のエプロン姿を初めて見た店長だって、まるでなぞるように同じ動きをするんだ。胸が先か、顔が先かってくらいの差異はあれど。
何も特別なことではない。
それが、別に助平でもなんでもない、普通の男の反応なのだ。
何だったら、そのくらいの視線"ケンちゃん"さんからだって感じることはある。
そこでふと。昨日感じた違和感みたいなものの正体に気が付く。
高坂の目線は"なんか変"だ。
まず靴を誉め。裏返った俺の襟を直し、髪紐が何だったか思い出したように言う、高坂。
あれは高坂だからだろうか。
しかし、人柄で言うならケンちゃんさんだって、性根の部分では紳士。
男が、女の身体的特徴くらい、悪気なく見るんだ。
不思議には思うものの。
だからどうしたってわけでもなく。
俺に何ができるわけでもなく。
「おねがいしまーす」
物思いにふけっていれば、次の客。
見た目だけで言うなら、さっきのより随分チャラい感じの、大学生くらいの男。
同じように俺の身体を視線で撫でつけながら、そしてそれを隠しもしない。
顔見て口笛を吹き、胸見て舌打ちすらする。そんで最終的にまぁ赦してやるかくらいの顔で、俺を見下ろす。
俺なら、どんな風に見ていただろうか。
女性にならなければ、見られる側のことなど気づきもしないで、気づかれていることにも気が付かないで、同じように無遠慮に異性を見ていたろうか。
と。
「ねぇ、キミ何歳? バイト何時に上がんの?」
お──っとぉ?
レジカウンター越しに身を乗り出して、自分では笑顔だと思っているらしいずいぶん無礼な顔を近づける。
正直うっとおしい。
でも客だ。あからさまに無碍にするわけにもいかない、くらいの体裁は俺にだってある。
そそくさとバーコードを読み取り、会計を計算する。
「仕事中ですんで。そういった事にはお答えいたしかねます」
なんとか。
そう言いながら、釣銭を差し出せば。
「いいじゃん。ちょっとくらい」
釣銭を受け取り様、差し出した手を取られる。
瞬間、びくり、と。動けなくなる。
男に触れられただけで、動けなくなる。
まさか自分が、って思う。
でも、動けない。
──ちょっとくらいって何だよ。
それがちょっとかどうかを決めるのはされる側だろ。
だいたいちょっとしたことだと"自分は"思うなら"そう思う側"が譲歩したらいいんじゃないスかね。
たまたま、恐怖より嫌悪が勝ち。冷ややかな視線を返してみれば。
「チッ 御高く留まりやがって。どうせ彼氏とかには手前ェからすり寄ってんだろ」
悪態をついて、もぎ取る様に商品を受け取り、店を後にする客。
万事あれのされるがままになっていたら、彼は俺に何を、何処まで求めただろう。
例えば昔の俺だって。
クラスの可愛い、同級生の女の子。
触れたい。触ってみたい、と思ったことくらいある。
でもそれは中学2年生の俺の感想で。その先はイケナイコトで、想像こそすれ現実味の無い話で。
でもあれから2年。
俺はジョシコーセーで。
彼らは大人で。
彼らは、当たり前にその先を望むんだろうか。
それは所謂、オチ〇チンとオンナノコのやり取りだろうか。
つまりああいうやりとり、結局最終的には俺と致したくて。
俺と、セッ──
考えたことも。なかった。




