第23回 「よく、見てんな」
「やぁ、誘ってくれて、うれしいよ」
ちょっとはにかみながら、そんなことを言う、朴訥そうな青年。
高坂冬樹。
あれだ。
"まだ好き"みたいなオーラ浴びせられるの、正直つらい。
とか言ってこの様さ。
嗤ってくれよ。はは。
──前回、新しい衣装に金策が要るってんで、でも高坂と二人きりはやっぱりよくないよなって。
一人でお金稼ぎに行ったんだよ。
Thebesでの戦闘行為において、個人の体感や現実の格闘センスなんかで、いくらでも攻撃が避けられるため、すごい人はプレイヤースキルってやつ次第でいくらでも優位に立ちまわれるんだけど。
むしろゲーマーなんて呼ばれる人たちの大半に、それを求めるのは随分酷な話。
御多分に漏れず、俺もその一人で。一人で無理にバトルクエスト──つまり戦闘行為をしようとすれば、それにはある意味で昔ながらのコマンドバトルのような結果が付いて回る。
わかりやすく言うと多対一で戦った場合、俺が端から一匹ずつ攻撃する間に、相手は全員一回ずつ俺を攻撃してくるわけで。
"そんなんまともに勝てるわけない"
のである。
ジャイアントビートルっていう甲虫みたいなモンスターの時は良かった。動きがのっそりで、俺一人がヒット&アウェイ的に斬っちゃ離れちゃしてる動きにのっそりついてくるだけで、落ち着いてれば一方的に攻撃できていた。
そのあと狼の集団に出くわしてこてんぱんにやられた。
えぐいことに首筋を噛み千切られて、血しぶき上げて絶命するってのを、ゲームながらに結構リアルに体験させられた。
痛みはだいぶ緩和されてた。とどめの一撃なんか感じる前に死んでるって事なのか、チクリってくらいの感覚だった。
でも斬りかかって狼の腹に刀が食い込んで、あ、抜けない、やば。
ってなってる間に他のが肩口に噛みついて、そのまま引き倒されて。仰向けに倒れてすぐに起き上がれなくて。
見上げる視界いっぱいに狼の口内。吐く吐息の温度さえ。
このグラフィックのリアルさは本気で"死ぬ"ということにゲーム財産的なペナルティ以上に恐怖を与えてくる。ゲームへの没入度によっては逆にそのリアルさが徒となってトラウマになるだろう。
出来たらもう死にたくはないでス(泣)
で、結局今日ログインしていて俺に声かけられそうな唯一の相手。
高坂に泣きつくしかなかったわけだ。
「そっかぁ。じゃあさ、無理にバトルクエストしないで、ヴァルハラ市内でアルバイトしてみない?」
「え、なにそれ。そんなんあるの?」
"いっぺんマジに死んで、生き返ったくらいの感覚だ"
と、愚痴ってみれば。
高坂は"じゃあ今日はもう戦うの怖いでしょ?"って。
「あるよー。ハンターズギルド行こう。なんかちょっとくらい稼げるやつがあるんじゃないかな」
「あれって絶対バトルが絡む奴しかないんだと思ってた」
「ははっ。多分それ、全部きゃみさまが持ってきたやつじゃない?」
「う。よくわかってらっしゃる」
◇◆◇◆◇
で、マジにあんですよ。
ハンターズギルドのクエストボードを二人で見に行ったらさ。
マーケットの運河近くの倉庫から宿泊街まで、インベントリに収納不可能な荷物を抱えて届けるやつとか。
貴族街のマダムが大切にしてるらしい、迷子の猫探す奴とか。
「こうやって危険なくゲーム内通貨稼ぐ手段もあるんだな」
木造の、それ自体は安酒場というか、ロッジ風の喫茶店みたいな、ヴァルハラ・ハンターズギルド。
その一角に"住人からの依頼"って体で、時折本当にNPCが依頼書を貼り出しに訪れる、大きなコルクボード。
カウンターの奥にはバーテンダー風の格好をした、細身だが体幹のしっかりした感じの、カイゼル髭がちょっと素敵な老紳士。
依頼を受ける時は依頼書持って彼に話しかける形になる。
彼はNPCだ。頭上には"ジョセフ"と脈絡なくキャラクター名が表示され、このゲームのルール上、端折ることなくその名前で呼ばないと全く相手にされない。
余談だが。後々聞いた話、彼は原作エピソードの一つに登場する、国家間鉄道の食堂車でバーマスターをしている"ジョセフィーロ・ラルコ"ではないかと言われているらしい。
が、まぁ、原作の話をされても俺がわからない。目の前の彼にはただ"ジョセフ"と書いてあるだけで、俺達はその名で呼ぶしかないのだ。
◇◆◇◆◇
結局、荷運びの仕事を請け負った。
ハンターズギルドの仕事をするときは、何時もきゃみさまにくっついて、彼女が請け負うのにぶら下がる形でこなしていたから、ああ、こうやるのか、と。
依頼受諾の署名を求められ、高坂に、そこのペンで実際にフリーハンドで書くんだよとか言われて。
は? え? ゲームの話してんだよな? え? このアバターで書くの? このペンで? この紙っていうか"依頼書アイテム"みたいなやつに? "なつぴこ"って? ひらがなで良いの?
で、なんで高坂は俺より後発でそんなこと知ってんの?
これではまるで俺が不勉強みたいでわないか。
そんな顔を向けてみれば、高坂は男にしてはやや長めの茶髪を少し、ゆらして。
くす、と困ったように笑うばかり。
──くそ。
なんにしろ、両手を回して向こう側で手が重ならないくらいの木箱を抱えて。
運河沿いの道を二人連れ立って歩く。
「重くない?」
「いや、大丈夫だ。これ、大きくて抱えづらいってだけで、重さはあんまり感じない。多分そういうゲーム設定だな」
"当然"って感じで、高坂からはそんな言葉がかけられるんだ。
"女の子が重いのつらいでしょ?" "こっちで半分持とうか?"
みたいな気遣い。
正直、そんな露骨な女扱い、自分を女と決めた今でも全く反感がないかと言えばうそになる。
でも、高坂なんだ。
"愛の告白"なんて言われる前は、男友達みたいに肩組んでゲームの勝敗に一喜一憂してた。
"恋人に成れなかったら、もう友達じゃないのか"
"ばか、そんなわけあるか"
今更ながらに、なんて都合のいいことを、と、思う。
でも、こいつとこんな風に、距離感探り合うような間柄に、なりたくなかった。
なりたいわけじゃ、なかった。
だから少しくらいは、俺も、そのくらいは、軽く流さなきゃ。
──なんて、傲慢だろうか。
こんな男女、気味悪がられるどころか好いてくれるだけでも──いや、それも違う。
高坂を立てなきゃいけないわけでも、俺が我慢しなきゃいけないわけでも、ない、はず。
「──その靴」
「え?」
ふいに、言葉を振られて。
はっとして高坂を振り向けば。
「──カッコイイね。オーダーメイド?」
俺のそんな葛藤、知ってか知らずか。
高坂は木箱を抱えたまま、ちょっと見づらそうに俺の足元を覗き込む。
今の俺は、未だ以てリアルの学校で着ているのと同じにデザインした、セーラー服姿ではあるが。
せめてもの男気というかささやかな抵抗というか。
足元は安全靴みたいにつま先にメタルプレートのついたごっついブーツだ。登山靴みたいな奴。だからこそ、例の着物の女性も"袴ならブーツでも"と、お勧めしてくれたわけだが。
「きゃみさまが紹介してくれた、プレイヤーメイドの服屋で買ったんだ。今度そこで服もオーダーすることんなって──」
「へぇ! 和服? いいじゃない。きっとかわいい。──お金稼ぎはそのため?」
「あ、ああ」
自分の足元。木箱に隠れてチラ見えするつま先のメタルプレート。刻印された"Ages"のロゴ。
そんな風に言われて、初めて高坂の姿格好に目が行き。
初日に着ていた黒いシャツとブッシュグリーンのカーゴパンツみたいな恰好の上から、丈長で薄手の、グレーの上着を羽織っている。
そんな上着、いつの間に。
「あ、なっつんちょっと止まって」
「へ?」
感慨ふけっているところへ、急にそんな事言われて。
なぬ。と木箱を抱えたまま足を止めて。
自分の分の木箱をいったん足元に置き、何を、と思う間にも高坂の手が伸び。
触れる前に"ちょっとごめんね"と断り文句は忘れないが。で、何、と、思えば。
いつの間にか少しだけ裏返っていた俺の肩口のセーラー襟。それをひょいと直す、高坂の手。
え、なにThebesってそんな細かいとこまでできんの?
そういやケンちゃんさんが"選んでスカーフだけを解くことができる"なんて言ってたな。
「お、あ、すまん」
高坂はそれには言葉は返さず。ただ、にこりと笑って。
え、と。
──あれ?
俺が、なにか、違和感ともいえない様な、微かな、何か。
と、思う間もなく。
「ポニーテール」
「う、うん?」
再び話しかけられ、どこかへ引っ掛かりかけた俺の意識はするりと滑り落ち。
高坂は、いつもの無害そうな笑顔で。
「もうしないの?」
「やめてくれよ。あれ、虚勢──だったんだ。改めて言及されるとちょっと恥ずかしい」
「可愛かったのに」
「揶揄うなよ」
「でもあれ、制服の前閉じてる時ただの色ゴムだったでしょ。どうせならもっと、リボンとか──」
「よく見てんな……」
そう。
よく、見てんな。




