第19回 「本人に言ってあげて」
誤解を解くのには、ちょっとかかった。
間の悪いことに、愚痴聞きのお礼にって、変に"誠意"をみせる為だけに自作したクッキーをもって、ケンちゃん氏の元へ訪れた。
その時を同じくして現れる、"ケンちゃん氏の意中の相手"
黒髪に真っ赤なリボン、群青に潮の染め抜きの着物の女性。"いはるさん"
俺がケンちゃん氏に気があると綺麗~~~~に誤解してくれちゃって。
結果的に、昨日の今日のことではあるものの、ケンちゃん氏が俺のことを"ナツヒコ"呼びしていることで、何故か納得いただけたようだ。
まぁ、当然。なんでこのどう見ても女学生がナツヒコなのか説明する羽目には、なったが。
「なるほどなぁ。しかしなんやなー。そんなことほんとにあるんやなー」
「や、こっちの話こそあっさり信じてくださって助かるっちゃ助かるんですが……」
未舗装の下地に天幕と木机の仮設店舗。雑な丸太の椅子はあるものの、今のところ立話。
俺がだいぶゴニョりながらそう言ってみれば、いはるさんはころころと笑いながら
「ま、そういうんは眼を見ればって感じやなぁ」
「その鋭い観察眼で他にお気づきの事はございませんかね……」
"まだ本当に女の子かも定かじゃねぇよ"
とはケンちゃん氏の言だったろうか。
何しろ、自分のことはさて置き、うわぁ十代女子の台詞じゃねぇぞとなりながらも、ケンちゃん氏の好意とか好意とか、あと好意とかについてそれとなく探ってみるも。
「???」
はてな吹雪をまき散らして、こてりと可愛く首をかしげる始末。
ダメだこいつ早く何とかしないと。
あまりの脈の無さにケンちゃん氏はそろそろ白くなって口から魂を吐いている。
"A.E.C.ってこんなエフェクト迄出すのねェ"
なんて感想ひとつ、きゃみさまがケンちゃんさんの肩をゆさゆさと揺さぶっている。
生きて。お願い生きて、ケンちゃん氏。
各位、色んな苦悩を抱えて遠い目をする中。
件のいはるさんはひょいと俺の手元を覗き込んで。
「そんなことより」
ズビャシ。
お願い。もうこれ以上無下にしないであげて。ケンちゃん氏の恋心。
そんな物言いに、辟易と着物の女性を見返せば、しかしこれまでののほほんとした雰囲気と一変して。
こう、すぅ、と目を細めたかと思うと。
冷やりとした空気感。
睨みつけるとまではいかないまでも、いきなり鋭い目つきになって。
「お嬢さん。ソレ、誰ェの仕業や……?」
「ふぇっ!?」
豹変。ともいえるくらいの眼差しにたじろぎながら、ソレの指すものがなにか、と目線を追ってみれば。
俺が、小脇に抱えた飾り鞘の日本刀。
「あっし、さっきゆった通り"刀鍛冶"でなぁ。そっちにこそ興味が……見たとこそれ、刀やろ? 柄造りに、鍔、塗り鞘の拵えとくれば"しゃむしる"とか"たるわる"ちゃうやろもんなぁ?」
これにはクッキーの時とは逆に、俺もきゃみさまも、黙ってケンちゃん氏の方を見るしかないわけで。
つつつ、と移る視線を追いかけ追って、いはるさんの見る先はケンちゃん氏へとたどり着く。
「剣十郎さん、片刃ァ打ちよったんけ……?」
「へ? は、はひっ!?」
ようやく脈の無い恋路から立ち直った矢先のこれ。
ケンちゃん氏は。いやあのケンちゃん氏が。
びくりと姿勢を正して。
上ずったその返事を肯定と受け取って、伊春氏。
とたんに目を輝かせて。
いやもうクッキーの時の比じゃないほどキラッキラな目をして。
「わー! 見して! 貸して! 触らして!」
「や、でもそれ習作も良いとこで……」
「なるほど。 よく知った隣人に自作小説を覗かれるような羞恥であると」
「え? ああ、まぁ、そんな感じ?」
「俄然、見たい」
ででどん。
「なして!?」
口調が移ったような叫びをあげるケンちゃん氏を他所に、いはるさんはずずいと俺に迫る。
俺としても耐え兼ね、ケンちゃん氏には申し訳ないと思いながらも、飾り鞘の日本刀を差し出す。
ぶんどられるような勢いを想像したが、そこは刀愛ゆえか、存外繊細な手つきでそれを受け取り、伊春氏。
「抜刀いても?」
「ど、どうぞ」
確認は持ち主である俺に。
後ろでは作り手が下顎に掌をかけて下に引く様な、およそ大昔の漫画でしか見ない様な狼狽えを表現しているがそれはそれとして。
同じ目を細めるにしたって、打って変わって優しげな眼で。
鞘から刀身を引き出そうとし、力を籠めるも一手で引き抜けず。
"嗚呼、それちょっと抜き口硬いんスよ"
なんて俺が言うまでもなく、ケンちゃん氏を向き直って渋い顔。
「女の子に持たすにゃあ、口金硬すぎんでェ、剣十郎さん」
「……事故防止の方が大事。相手は"女の子"じゃなくて"初心者"だよ。いはるさん」
ケンちゃん氏は提出作品を先生に品定めされるような顔で、紅潮した頬をポリポリと指で掻く。
当のいはるさんはと言えば、その返事を聞いて途端ににっこりだ。
「そゆことならしかたないなァ」
ぐっと力を込めて今度こそ刀身を半ばまで引き出す。
頬ずりしそうなほどの眼で。いや愛で。ある意味うっとりとその刀身を眺め入る。
「相変わらずとんでもない鋼を打ちよるで。──でも可愛い無いなァ。ね。剣十郎さん、女の子に持たすにゃあ……」
「そこは信条。──というか鍛冶師としてのこだわりなんで、譲れない」
ケンちゃん氏の返事に今度は拗ねた様に口を尖らすも、すぐに口元を緩め
「そゆ事なら、仕方無いなァ」
しかしながら、そのやりとりには少し思う所があって、口を挿む。
「あの、それを扱うのは俺です。えっと、参考までになんで"可愛くない"のか教えてもらっても──?」
「そらそうやー」
快諾。いはるさんはニコニコしながら自身のインベントリを操作して、自作らしい日本刀をひと振りジェネレートしてみせる。
紫とも青ともつかない色合いに、天道虫みたいに丸く白抜きになったような模様。の鞘。他に見るとこ有るのかもしれないが、素人目にはそのくらいしか特徴を上げられなく。
ソワ、と。今度はケンちゃん氏の目が見開かれる。切磋琢磨し合う相手の仕業。伊春氏ほどでないにしろ、興味がある。そういったところだろう。
「素人さんには数字で見てもらうんがいっちゃん納得や」
そう言って、俺の刀と自身で取り出した刀とをタップしてみせる。
互いの数値化された性能一覧が空中に現れたウィンドウに表示される。そういうとこはやはりゲームだな、と。
何にしろどれどれとケンちゃん氏、きゃみさまも加わって覗き込む。
「相変わらず──」
思わずといった体で、ケンちゃん氏が呟くも、それはしりすぼみとなって消える。
隣に居た俺にはなんとなく続きが聞こえたのだが
"えげつないものを"
なんて。
まぁそれは俺にはわからない感覚だな、とウィンドウに目を落とす。
真っ先に目に飛び込むのが"単純攻撃力"だ。
これは"武器重量"だとか"鋭利さ"、"硬度優先値"、"刃渡り"、"装備レベル補正"なんかの詳細なステータスを加味して、ざっくりダメージに直結する総合値として数値化したものだ。
よく知らないならここだけ見て買えばいい、というような総合性能値みたいなもん。
俺のが118
伊春氏が取り出したものがええと……388!?
「ダンチじゃん」
「なっつん。なっつん」
ため息交じりにきゃみさまが俺をつついて、性能数値の一点を指す。
"装備可能レベル"って部分。
俺のがもちろんのこと1で、いはるさんのモノが58。ああ、なるほど。
「今はそこを比べても仕方がないわ」
「う。た、たしかに」
「ふふ」
柔和に笑う伊春氏が指さす一点。"硬度優先値"とされる部分。
これは簡単に言えばその武器の硬さ、壊れにくさだが。一方でこの数値があまりにも違うと、打ち合わせた時に所謂"武器破壊"が起こりえるという。
俺のが132
伊春氏の奴が119
「え」
「まぁその"硬さ"って100あったら一般の常識を軽く飛び越えてるんだけどね」
圧倒的装備レベル差を圧しての逆転劇に俺が驚いていると、横からきゃみさまが口を挿む。
伊春氏はくっくと嚙み殺すように笑いながら
「せやー。100あったらまず壊れん。……剣十郎さんの作ったモンが"鉄のこん棒"とかやったら100点満点やで。でもこれは刀や。斬れんとあかんもんや」
「さっきも言ったけど拘りなんだよ。武器作りに"信頼性"は重要だろ? 鎖鉄球を打ち返して刃こぼれしないって、評判だぞ」
まず筋力的に刀で鎖鉄球を打ち返せるかって話からだと思うんですが。ええと。
いよいよ噛み殺し切れぬ苦笑。伊春氏は肩を震わせながらも、愛おしそうにケンちゃん氏の刀を抱きかかえる。
切れ味、ステータス画面でいう所の"鋭利さ"は比べるべくもない。
数値で言うとケンちゃん氏のが104で伊春氏のが352だ。
「武骨で。重くて。大きくて。刃紋の不ぞろいなんて気にしてない。……ほんっと、女の子に振らせることなんか考えてへんのやろなァ。男の人の作った刀やで」
なるほど。そのへんが可愛くないということか。
俺が得心して頷く横で、いはるさんはいよいよケンちゃん氏の造った俺の刀をぎゅうと抱きしめて。
「──でも、そういうんも大好きやで」
お願い。それはケンちゃん氏本人にゆったげて。




