表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/59

第18回 「脈がない!」



「これが手作りの威力って奴よ」



 赤ら顔で。

 俺を見てられないって感じで、顔を逸らすケンちゃん氏。

 いや理屈はわかる。説明されたし。


 いやでも俺が!? クッキー手焼きしただけで!?

 こうなるの!?


 俺ときゃみさまのやり取りを聞いたケンちゃん氏が、ハッとした様に。

 咳払いひとつ、ようやくこちらを向いて。


「あ、あー。だよな。ナツヒコのことだからそんな事だろうとは……」

「そんな事言って、ちょっとドキッとしちゃったでしょーが? お兄サーン?」


 きゃみさまに肘で小突かれ、うぐ、と言葉に詰まるケンちゃん氏。

 そんな二人を見て俺は唖然も唖然。


「だからいったでしょー? 今のアンタはクッキーひとつで男を勘違いさせちゃうんだから。気をつけなさいよ」

「え、いやでも。俺なんかが初めて焼いたような拙いクッキーで……」


 おろおろと、何か弁明しなきゃいけない気がして意味もなくケンちゃん氏に手を伸ばせば。

 ケンちゃん氏は避けるように更に顔を背け、いよいよ顔を紅潮させて震えだす。


「や! その! 初めてだったんだね! いっしょっけんめ、焼いてくれて……じゃなくって! あれだ! 正直いはるさん(・・・・・)の事が無きゃイチコロでしたっていうか……!」


 えーそんなに?

 ケンちゃんさんちょっとチョロすぎん?

 てのはさて置き、なんか気になる名前が出たぞ。

 それはあれだな? 例の着物の女性のことだな?


 そろそろ悶絶しそうなケンちゃん氏。

 その口から漏れ出た名前に、俺ときゃみさまがソワと耳を立てたところで。



あっし(・・・)が、なんやって?」

「うおわああああああぁぁぁあああああぁぁっ!!!?」



 あーうん確かに今のは後ろに立ってるフラグっていうかなんというか。

 苦し紛れに意中の相手の名前が漏れ出た、その背後。

 不思議そうな顔をして立っているのは、先日ここですれ違った着物の女性。


 飛び上がって驚くケンちゃん氏に、逆に驚いたように口元に手をやって。


「なんやー。悪口でも言うとったん?」

「あ、いや断じてそんなことは!」


 大慌てで弁明する金髪のお兄さんが、そろそろなんだか哀れだが、こちらとしてもなんか触りづらい。


「まーあっしの事やから、なんか知らんとやらかしとる(・・・・・・)かも知らんけど。出来たら口ではっきり言うてなぁ。あっしド鈍感やから……」

「滅相もない!」


 と、いうか。

 どうやら先日のアレは聞き間違いではなかったようで。

 胡散臭いと言えば胡散臭い、とってつけたような関西言葉に、可笑しな一人称。

 成り行きを見守るしかない俺ときゃみさまに、そこで気が付いたように顔を向けて会釈。


「あ、お嬢さん方はこないだも会いましたなー」


 そう言ってひらひらと手を振って見せる、黒髪和服美人。

 なるほどケンちゃん氏が惚れるのもわかる、といった風貌。だがそれを圧して首をかしげたくなる素っ頓狂な語り。


 俺たちが何も言えないでいると、気を取り直したようにケンちゃん氏。


「あ、ああ最近できたお客の子たちだよ。きゃみさま、と、なつぴこ」

「きゃみさまです」

「なつぴこです」


 紹介に、ふたりでおっかなびっくり頭を下げると、今度は着物の女性を指して


「こちらは──ええと、鍛冶師仲間の、いはるさん」


 まさか意中の相手です、なんて言うわけにもいかず、といった感じで。

 紹介された着物の女性はぺこりとお辞儀ひとつ。


御剣伊春(みつるぎいはる)ですー。Thebes(こっち)ではしがない刀鍛冶なんぞやらせてもらってますー」

「いはるさんがしがないなんて言ったら、他の鍛冶師は立つ瀬がないよ」


 どうやら凄腕の様で、ここらじゃ名うてのケンちゃん氏をして、そう言うほどの。

 持ち上げられて照れがあったのか、伊春と呼ばれた鍛冶師はケンちゃん氏の肩をぺいんとひとはたき。あらいやだわ奥様って感じで。


「いややわ。剣十郎さん(・・・・・)かて両刃じゃ誰も敵わんもん打ちよる癖に」


 こう、あれだ。

 ケンちゃんさんの方はさ、スキンシップというか、そんなふれあいでもドキッとした顔してて。

 何だったら俺にもわかるくらい好き好きオーラをまき散らしてて。


 いやしかし、なんだ。

 そんなに態度に漏れ出てしまっているというのに。

 この伊春とかいう女性、まるで気が付いてない(・・・・・・・・・・)


 何ならわざと躱してんじゃないかってくらい。

 なんか高坂を相手してる時の俺ってこんななのかな、とか思ったりして。

 俺が世の男たちを不憫に思ってしみじみしてる間にも話は進んでいく。 


「あ、えと。今日はどういった御用向きで?」


 何とか、わずかながらも冷静さを取り戻したケンちゃん氏が、そう切り出せば。


「頼んでた玉鋼の受け取りをしに来たんやけど……」


 そんなことを言いながらも、着物の女性は何だか上の空で。

 その目がどちらを向いているかと思えば、先ほどからケンちゃん氏の持つクッキーの袋にばっしばしと注がれていて。


 "いや、こんだけアピっててクッキーに興味で負けるって"


 不憫。

 あとで何か慰めの言葉でも、と文言を考え始める俺の目の前で。


「何や、おいしそーなもん食うとるなー?」


 物欲しそうに口元に指をやってケンちゃん氏の手元を覗き込む。

 ケンちゃん氏ははたと気が付いたように、クッキーの袋と俺とを交互にみて。

 いやそんなんいちいち許可とらずに渡してくれて構わないんだけど、なるほど手作りの威力(・・・・・・)……ね。


 俺が無言のままどーぞどーぞとジェスチャーしてみれば。

 悪びれたような顔向けた後、着物の女性に布袋を差し出す。


「わるいなー。あっしこういうの目が無くてなー」


 ホクホク顔で袋に手を差し入れ、クッキーをひとつまみ。

 そのままさくりとひと口。

 咀嚼を手で隠す体裁はあるものの、初見の物腰柔らかな雰囲気はどこへやら。

 少女のように──いや、そもそも俺より一つ二つ上かってくらいの同年代な見た目してるんだけど、年相応にはしゃいで。


 あっという間に一枚を平らげ、口元をぺろり。

 あら可愛い。


「ふふふ。おいしー。ね、ね、これ何処で売っとるん?」


 と、この質問である。

 

 あっ。


「あっ」


 いやわかるぞ。流石の俺でもわかるぞ。

 この流れは非常によろしくない。

 きゃみさまなんか隣で声に出ちゃってるし。


 誤魔化せ!

 ほらなんかうまいこと言い訳するんだケンちゃん氏!

 飲食街の菓子工房でとかなんとか!


 って事が出来ないお人柄なのはまぁ、しってる。

 困った顔で俺のことをガン見するしかない金髪のお兄さんに、きゃみさまと二人で深いため息。


 恐る恐る。上目遣いに。まるで降参のポーズのように、白旗の様に手を上げながら。


「お──わ、わたしが()りました……」


 そんな風に告白してみれば。

 ビシっと硬直した様に、こちらを見たまま着物の女性が固まってしまい。

 俺は直視できずにわずかに目を逸らす。


 ちら、と目線を戻せば、着物の女性はマンガみたいに青い顔をしたかと思うと、今度は顔を真っ赤にしてケンちゃん氏に詰め寄るのだ。


「ああああああああかんやん! あかんやん! 剣十郎さん!? 其処はちゃんと断ってくれなっ! なんてもんを! な、なんてもんを!」


 半泣きになりながらケンちゃん氏の二の腕当たりをぽかぽかと叩く姿は、こんなときでもなければ愛らしくも感じたろう。

 なにしろひとしきりケンちゃん氏に詰め寄った後、シュバっとこちらを向き直ると深々と頭を下げるのだ。


「ごごごごごめんなぁ! まさかそんな大切なものだとはおもわんと。ごめんなぁ!」


 あー。

 わかる。わかるぞ。

 何時もきゃみさまに無自覚って怒られてる俺でも流石にわかるぞ。


 ストーリーはこうだ。

 きっと彼女の中では、俺はケンちゃん氏の事が好きな普通の女の子で。

 一生懸命焼いた手作りのクッキーをもって、お友達の女の子に付き添ってもらいながら、勇気を出して告白しに来たんだ、と。

 で、彼女は自分がその告白を邪魔立てしただけでは飽き足らず、頑張って作った、プレゼントのクッキーを横取りしてしまった。と。


 ──そんな、盛大な勘違い(・・・)をしている。



 いやもう、着物の女性"いはるさん"は心底申し訳なさそうに、俺に対して詫びの文言を吐き続けるわけだが。

 結局そこに一切の嫉妬もない(・・・・・・・・)ことこそが問題で。


 なんというか。

 素人目にも脈がない(・・・・)


 なんだかもぬけの殻みたいに白くなってるケンちゃん氏をチラ見した後、顔を覆って天を仰ぐ。

 となりではきゃみさまが


「て、"手作りの威力"ってやつよ……」


 震え声。


 ウソだ!

 絶対ここまでの予想なんてしてなかったくせに!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ