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第16回 「レシピ通り作れってやつだよ」



「……で、混ぜる、と」

「妥協しちゃだめよ? わざと荒く混ぜるやり方もあるけど、食感を工夫するとか奇をてらったって、初心者は失敗するだけなんだから。"レシピ通り作れ"ってやつよ」


「でも材料が材料のまま売ってるもんなんだね。鶏卵とか、小麦粉とか、ココアパウダーまで」

「だから言ったじゃない。Thebesは"何でもできる"って。──さて、あとは焼き上げるだけね」



 翌8月19日。日曜日。


 ヴァルハラ市は飲食街の片隅にある菓子工房に籠って、俺ときゃみさま。

 最新の電子機器ってわけではないが、こうして少しレトロなアンティーク臭漂う調理設備が実際に使用できるとあって、朝からここへきている。


 煉瓦造りの窯を前に、木製のおおきなテーブルに材料を広げてあーでもないこーでもない、と。



「プレイヤーが借りて使えるオーブンまであるし」

「そ。すごい自由度よね。──にしてもどういう風の吹き回し? "クッキーを手作りしてみたい"だなんて」



 クッキーが焼きあがるのを待つ間、甘く香ばしい香りに包まれながら、少し離れた別のテーブルでお茶をして過ごす。


 面白がるような、ちょっと勘ぐるような、きゃみさまの視線。

 苦笑、して。



「ちょっと──お礼をしたい相手が居てさ」


「ふーん? あれ渡すの? あんたのことだからまた無自覚ムーブかましそうでちょっと心配」



 うん?

 無自覚……って、俺またなんかやらかしてる?


 俺が困ったような顔で首をかしげて見せれば。

 ピンクの彼女は途端に疑わし気な目。何なら盛大に溜息を吐いて。



「まぁたこの美少女は~~……」

「???」



 俺がまたぞろわからんちんな顔をしていると、徐におでこをツンツンされる。

 あたっ! やめ。やめて。ちょっと。



「"手作りの威力"ってやつを見くびってないかしら」

「え、クッキーアイテムに威力値なんて設定されて──あいたっ!」


 なんだかよくわからないけど、相当斜め下の返答だったらしく、ついにはデコピンまでかまされる。

 不服を隠さず、拗ねた顔を向けてみれば、あちらはあちらで同じような顔をして返す。



「あんたの見た目が、相手に与える印象って奴をそろそろ自覚なさいよ」

「ど、どんな印象が……」


「んー例えば、あんただって男の時、バレンタインデーにチョコの一つももらったりしてない?」

「そりゃお義理くらいは」


「それで"あ、ちょっといいな"って思ってる女の子が"これ手作りです"ってクッキー焼いてきたりしたら、え、まさか本命? この子自分に気が有るのかな? とか思わない? 期待しちゃうっていうか」

「え、それは流石に発想が飛躍しすぎてないか? そりゃ自分の為に手間かけてくれたならうれしいとは思うけど……」



 そんな返事を返してみれば。


 何故かきゃみさまは呆然としたような、何か打ちひしがれたような、けちょーんて顔になって。

 そうかと思えば今度は悔しそうに顔を歪めてこちらを見つめるのだ。


 なにさ。



「こいつ、この"飢え"の無さ……男の時も"実はモテてた系"か。くそが。爆発しろ」

「ひどっ!?」



 そんなすったもんだをしていれば、コマンド画面で設定したタイマーのアラームが鳴り響く。横を見れば、きゃみさまもハッとした様子。

 これ、設定した本人たちにしか聞こえないんだってさ。なかなか便利だよな。



「わ。わ。なっつん急いで」

「まってまって」



 なんにせよ"焦げる焦げる"とあわただしくオーブンへ急ぐ。

 窯の戸を開けた瞬間に、焼いている間に漏れ出ていたそれの何倍もの、甘い香りがふわりと広がる。


 クッキーを並べたトレーに、大型のフォークのような道具を差し込み、窯から取り出して。

 香りとともに浴びせかかる熱気に驚いて、"うわこんなとこまで再現するのか"と、モタモタとフォークを操る。


 材料を広げていたテーブルの端、長年そうして来たろう、難燃性ながら少し焦げ目のついたそこにそっとトレーを下ろす。

 しかしなんだろうな。

 煉瓦造りの窯や、年季の入ったテーブル。これらはどう見ても年月を感じさせる質感を持ってそこにあるが、その実データで在り、出来上がったのは昨年初頭。



 ──だって、Thebesはゲームサービス開始からまだ一年半だ。



 感慨浸ってテーブルを見下ろす。

 焦げ目を擦って、眼を細めていれば、きゃみさまが横に並ぶ。


 "ボサっとすんな"とか、また怒られたものかと身構えていれば、ピンクの彼女は同じように焼けた部分を指でなぞり。


「イロコかしら」

「なにそれ」


「どっかの国の言葉で"燃えない木"って意味の木材。なんか不純物が多いとかで、こんな大きな一枚板は現実じゃほぼあり得ない。もし実在したらすごい希少価値ね」

「俺はきゃみさまが何でそんな木材知ってんのかって方が不思議」


 まじまじとその顔を覗き込めば、鮮やかな桃髪をわずかに揺らして。


「たまたまよ」


 そう言ってクスリと笑う。

 いやはやこうやって淑やかな態度であれば、この人とて文句のつけようもない美少女であるのに。


「ほらほら。粗熱取れたらラッピング。ちゃんと可愛い袋に入れるのよー?」


 見惚れていれば、そんなセリフで急かされる。


「普通の紙袋で良くない?」


「ダメよそんなの。ほら工房のNPCが布の化粧袋とかリボン売ってるから」

「"威力出すな"ってさっき」


「それとこれとは話が別! 10枚くらいでいいでしょ? 誰にあげんのか知らないけど」

「残りはどうするの」


 数が合わない。もっといっぱい作ったが、と視線をトレーときゃみさまとで行き来させる。

 きゃみさまは先ほどの微笑とは打って変わって口の端を吊り上げて、ちょっと下品なにんまり笑顔だ。


「そりゃもちろん! "味見"もしないで他人様に渡すわけないわよね? ほら、お茶の用意もある事ですし?」

「このぴんくは……」



 こんがり焼き色のついた、初心者レシピに乗ってた簡単なコイン型のクッキー。

 たしかに"自分もちょっと食べたい"と思わせるだけの魅力を放つ、プレーンとココアの2本立て。

 さてさてThebesでの飲食は其の満腹感や栄養素の接種を現実に持ち越さない。さりとて"味覚"は確かにあり、太らずに美味しいモノ食べ放題!

 っていう理想郷なんだケド──


 道理で30枚も焼かされるわけだよ。




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