表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

第15回 「傲慢なんかじゃない」



「男扱い……してくれるんじゃ、なかったんですか?」



 美味しいモノ食べてちょっと余裕が出たところで。

 男向けの愚痴聞きが、とか言っておいて自分が赤面してる年上のおにーさんが、なんだかちょっとかわいく思えて。

 思わず。そんなからかい文句。


 同日、午後7時。"解ける牛肉亭"のカウンター席に並んで座って。

 当のケンちゃん氏は"あちゃー"って顔しながら目を覆って。


「キミねぇ。自分がどんな顔してそれ言ってるか、自覚ある?」

「へ?」


「あーいや、男扱いしたいのはやまやまなんだが、"スゲェ美人"が美味そうに食ってるって絵面だけでもうケンちゃんメロメロです。正直これで"心は男"みたいに言われても無理があるよ……」


 彼は誠実な男だ。言ったからには、という葛藤がその表情からうかがい知れる。

 無茶を。言ってるんだろう。俺は。

 実のところいまいち実感はない。でも今の俺は"スゲェ美人"らしくて。そうであるからには気をつけるべき振る舞いってものがある。らしい。


 なんか。フォローがいるやつだろうか。


「ふふっ。冗談です。無理しなくていいですよ……正直"愚痴聞いてやる"って声かけてくれただけで、嬉しかったんです」

「なつぴこちゃん……」


「あ、じゃあ俺の事"夏彦"って呼んでくださいよ。ケンちゃんさん、高さ──ああ、もう、いいか。高坂の事"フユキ"って呼ぶじゃないですか。男は呼び捨ててくれるんですよね?」

「まさかそれ本名? ──うあぁぁやっぱマジなんだ。ネカマとかじゃなくてマジに元男が、今はリアルでもその容姿してんだ?」


 この期に及んでそんなことを言うケンちゃん氏に、ちょっと憮然とした気持ちで口をとがらせる。


「信じてくれてなかったんですか? うーん、まぁ、実は嘘ついててただのネカマでした。って方がまだ現実味がありますかね?」


 俺が首をかしげながらそんなことを言ってみれば。

 ケンちゃんは苦い顔をして首を振った。


「キミ──」

「──"ナツヒコ"」


 口を開きかけたケンちゃん氏に被せ、冗談半分、そんな風に訂正。

 今ほど情けない顔をしたケンちゃん氏を見たことが有ったろうか。

 苦渋に満ちた顔を"わざと"で作った様な変顔で、一時の間のあと、諦めたような溜息。


ナツヒコ、お前ェよう(・・・・・・・・・・)


 律儀な人だ。無茶ぶりだったろうに、無理してこれやってくれてるかと思うと、ちょっと。やっぱり。うれしい。


「──ハイ」


 わざと歯を見せる様に、はしたなく笑って。返事。

 ケンちゃん氏はじつにやりにくそうに後を続けた。


「──お前は知らねぇかもしれんが、TWO(このゲーム)で"異性の顔を綺麗にキャラメイクする"って、無茶苦茶難しいんだよ。正直、その見た目でもなお、ビジュアルトレーサの"スキャン直だ"って言われた方が信じられる」

「そ、そうなんですね。──え、あれ? でもマリーさんとか──」


「あれは例外だ」

「え」


「キャラメイクフェーズで日を跨いだ(・・・・・)と言っていたぞ」

「へ、へぇ……」


 

 先日の"虚象事件"でさんざお世話になった屠龍の勇者(ドラゴンバスター)こと、"マリーシア"嬢とはヴァルハラで再会した。

 きらめく金髪。南海の碧を思わせる宝石の様な瞳。長い睫毛。人好きのする笑顔。あれ、全部作ったんだァ……。


 なんとなく遠い目になっていれば、すぐ横で咳払い。

 おおっと話が脱線していた。


「でだ。お、前の、その見た目が嘘じゃないとして。オレにはお前、の、一人称とか、男言葉とかに、不自然さというか、無理して言ってるようには感じない」


 うわぁ、「お前」って言いづらそう(笑)

 でもそれを圧してそう言ってくれるのが嬉しくて。嬉しくて。


「だから……つまり、その。──"朝おん"だったか? 本当、なんだな」

「俺だって自分がそうなって初めて聞きましたよ。そんな略称。でもそんなの決まってるってことは、探せば似たような境遇の人がもっといるってことですかね」


「いや居ないと思うぞ」

「え」


 いつの間にかビーフシチューを平らげていたケンちゃん氏は、追加注文していた"ブドウ果汁"をちびりとやりながら。

 ちょっとバツ悪な顔して、短い金髪をかき分けながら頭をがりがり。

 この頭を掻くの、この人が都合悪い時にする奴だ。


「こういうとさ、お前は残念がるかもしれないが」

「?」


「前例からじゃないんだよ。マンガとかアニメとかの創作で、そういうジャンルが有って、好きな奴が一定数いる。"朝起きたら女の子になってました略して朝おん"なんて言い方はそこで作られたものさ。リアルで起こったなんて話は聞いたこともない」

「そう……なんですね」


 正直──


「──仲間がいるかも。って、少しは期待してた? ごめんな。でも期待させておいて、やっぱりいませんでしたっていうよりは、サ」


 ──正直、それはちょっと思ってた。

 ケンちゃん氏はしきりに、頭を掻く。言いづらいんだろう。でも言ってくれてるんだろう。

 それは嬉しい。でも。


 何か、寒気の様な、孤独の様な、言葉に出来ない感情が沸き上がって、匙を置いて肩を抱く。


「正直、それ、ずっと頭の端で考えてて……今の言葉で確信しちゃったっていうか」


 ケンちゃんの顔が歪む。


「──この世界に、自分独り──みたいな」


 自分で言っておいて、その言葉はトドメだった。

 歯が鳴るほど震え、目尻に涙がにじむ。


 視界の端に警告文が表示され、"虚象事件"の時には無かった精神状態に異常を示す告知。同状態が続けば強制的にログアウトされる旨が続く。

 ああ、ちゃんと機能してんじゃん、この仕組み。



 と。



 隣から何かを引きずるような音。

 余裕をなくしながらも目を向ければ、ケンちゃん氏がこちらへスツールを寄せて。何をと思う間もなく、横抱きに肩を引き寄せられ、目線はグラスに向けられたままわしわしと頭を撫でられる。


「コレ、"武器屋ケンちゃん"の世間体を考えた、最大の譲歩です」


 間近で見上げた仏頂面が、そんな言い訳をした。

 とたんに、視界がにじむのは。

 しかしながら自覚するほどぼろぼろと涙をこぼしておいて、同時にすこぶる安心させられるのは、やはり、俺がもう女の子だからだろうか。

 そしてそんな感情の中やはり一つ、燻るのは。



 くやしさ、だ。



◆◇◆◇◆



 すん。と、ひとつすすり上げ。目尻を拭う。


「すみ、ません。取り乱して」

「いや、酷なこと言った自覚はある。オレも、すまん」


 なんか、大泣きしたら腹が減った。気がする。

 冷める(そんな)とこまで表現するのかと、すっかり冷めてしまったビーフシチューに驚きつつも、匙を差し入れる。

 まぁThebes(ここ)で食ったところで、空腹は満たされないが。



「でさ」

「!」



 食ってるところに、唐突に切り出されて、少しだけ驚いて。

 咀嚼を隠しながら、眼だけで先を促す。

 ケンちゃん氏はついにはブドウ果汁も飲み干し、少し手持無沙汰そうにしながら。


「結局、悩んでんのって、その辺の気持ちか?」

「…………そんな、ところです。」


 ゆっくり咀嚼を飲み下し、間をおいて、そんな風に返す。



「──そんなところ(・・・・・・)、じゃない」


「え──え?」



 そんな風に返されるとは思わず、驚いてケンちゃん氏の方を見る。

 憮然とした表情で、でもこちらは見ないで。

 しばらく見つめていれば、いよいよ溜息を吐き。


「──そこはさ。そんなところ……で済まさないで、なんでもいいから言葉にして吐き出せよ。ケンちゃんさん聞きますから」

「ケンちゃんさん……」


 しばらくの間をおいて。

 俺はポツリ、ポツリと、ここ最近燻り続けている心情を。




「突然、こんな体になって──」



「それは理不尽で、でもこんな体になったならなったなりの"立ち振る舞い"みたいなのを求められて」



「みんな強要はしないけど、無言の圧力みたいなものは有って。でも俺の頭の中は俺のままで。納得いかなくて」



「でも、二年近くこの体で過ごしてみて、いい加減慣れてくるところもあって。女物の服を見て可愛いと思ったり。甘いものがスッゲェ美味かったり」



「この姿を。面と向かって"可愛い"とか言われて、まんざらでも無かったり」



「こないだの"虚象イベント"の時に、ちょっとあって。そこでなんか諦めがついたというか。もう、女の子にならなきゃ。女の子に、なろう、って」



「──そう、思ってたはずなのに。昨日、高坂が貴方に"お前が守ってやれ"って言われてんの見て、"くやしい"って思ったんです。なんで言われてんの俺じゃないんだろって」




「おかしいですよね。女扱いされて喜んでんのに、男扱いもされたいんですよ。イイトコ取りっていうか、なんて傲慢──」


「──違う」


 傲慢。その言葉を吐きかけ。

 強い口調で突然、否定されて。戸惑った。


「え」


 目を丸くして、ケンちゃん氏の方を見る。

 そろそろ血が滲みそうな勢いでがりがりと頭を掻いて。


「お前の立場は。境遇は。さっきも言った様に世界で唯一のものだ。お前の苦悩はお前にしかわからないし、わかり様もない」


 言葉を探す様に、そこで少し迷い、こちらを向き直る。

 そして溜息ひとつ、続ける。


「だからさ。お前はお前の苦悩をもっと言葉にして訴えて良いんだよ。体が女で、心が男だからこその欲求(・・・・・・・・)なんて、お前にしかわからない。それは何も──」


 其処で切り。苦い顔をしながら、吸って、吐き出す様に。



「──傲慢なんかじゃない」



 瞬間。

 再び、視界がにじむ。



 嗚呼。

 俺はあの朝からずっと。


 約二年間、男女(おとこおんな)をやってきて。

 理不尽にさらされて。


 わだかまりを抱えて。

 でもその不服を口にして良いかわからなくて。




 誰かに。

 そう言ってもらいたかったんだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ