第14回 「ほんとごめんなんだけど」
「男向けの愚痴聞きしかできないけど、それで良ければ」
「いいっスね。男扱い、してくれます?」
「──場所を変えよう。Thebesで飲食は大丈夫?」
「はい」
「──シチュー。大丈夫な人?」
「え? ──はい」
「──あと、オレので悪いんだけど、これ羽織ってて。その格好、さすがに目立ちすぎる」
「あ、すみません。そのうち他のも用意するつもりなんですが」
「いや、どっちかっていうとオレの都合だから」
言われるまま、渡された前開きの白いフードパーカーのようなものを羽織る。
彼の物だというが。うわ、流石に袖は余るし、膝まである。
なるほどここまで隠れれば、前を閉じていればセーラー服と対のスカートだとも気づくまい。
──背中に、大きく描かれた一枚の鳥の羽のロゴ。
Purity Feather……?
◆◇◆◇◆
連れてこられたのは木造の大衆食堂のようなところ。
マンガなんかでよく見るファンタジー世界の"ギルドホーム"か、さもなければ安酒場の様な雰囲気の場所だった。
連れられて商業区を歩く途中、何か異様なものを見るような目でこちらを振り返る人が何人かいたが、あれは何であったろうか。
俺がこの欧風ファンタジー世界で、セーラー服を着て闊歩して見れば、向けられる視線は"好奇"だ。
対して先ほど向けられた視線は。
"畏怖"
だ。
当のケンちゃん氏が何を気にするでもなくズンズカ歩いていくので、振り返りつつもついていくしかなかったわけだが。
とりあえずもとりあえず、食堂の入口の間仕切りを開いて入店。
慣れた足取りのケンちゃん氏に、おっかなびっくり続く。
和気あいあいと食事を楽しむ他のプレイヤーたち。
その合間を通り過ぎ、カウンター席へ。
俺の背中を見た客がぎょっとしたように目を見開き、唖然としたような顔のまま俺を目で追う。
え、なに? なに?
理由がわからず、どこか汚れているのかとそれ辺り見て回るものの、それらしいものも見当たらない。
「……黙ってろ」
「ひっ!」
ケンちゃん氏が言い聞かせるような口調でそういうと、俺を見ていた客は短く悲鳴を上げ、わざとらしく自分の食事に執心しているフリをした。
……どういう事だろうか。
困惑顔の俺を振り返り、ケンちゃん氏が困った顔でポリポリと頬を掻く。
「隠すにしたってその上着は失敗だったかもなァ」
「どういう、ことですか?」
「まぁ、機会が有ったら話すよ。今日はそういう御用向きじゃないだろ?」
そう言ってカウンター席を指さす。
黙って頷いて。木製の安っぽいスツールに腰掛け、カウンター席に並んで座る。
男扱い──なんて言っておいて、俺を端の席へ、自分はごく自然に他の客に面した方へと座る、ケンちゃん氏。
慣れなきゃ。
気遣い。されるの。なれな、きゃ。
「あー。"解ける牛肉亭ウェイトレスB"さん。ビーフシチューを二つ」
またぞろ気分が沈みかけたところで、何やら素っ頓狂な物言い。
なんだそれは、と顔を上げてみれば。
目の前にはウェーブの強い金髪に、モノトーンのちょっとセクシーな短いエプロンドレスのウェイトレス。
にこやかな笑顔はどこか胡散臭い。
ああ、NPCだったのか。
このThebesでいうところのNPCは、その姿を視界に収めると頭上に脈絡なくキャラクターネームが表示され、その名前を正確に呼びつつ要件を伝える必要がある。
名前を少しでも間違えると空前のガン無視超絶スルーらしいので、ケンちゃんとてあの言い方になるしかないようだ。
「他に、何か欲しいものある?」
そういって、メニューの冊子をこちらに寄越す。
さらりと目を通し、目当てに近い物を見つけ。
「解ける牛肉亭うぇいとれすびーさん。"温かいハーブティー"をひとつ」
「あ、じゃあオレは……ほどけるぎゅーにくてーウェイトレスBさん。"ブドウ果汁"を追加で」
「かしこまり」
どこと言えばどこともいえないが何処か不自然な笑顔で一礼。解ける牛肉亭ウェイトレスBはカウンターの奥へ消えた。
注文を待っている間。
話を切り出したものかと散々迷って。
どちらかというと沈黙に耐えかねて口を開く。
「あの」
「話しにくかったら、何か腹に入れてから──ってのもなんかおかしいけど、注文来てからでもいいよ」
「あ、はい」
Thebes内での食事は、現実に其の満腹感や栄養素の接種を持ち越さない。
太らないで食べ放題。夢の様な反面、ここで食べて食いつなぐことはできないし、ここで極端に満腹になってログアウトすれば、反動で現実でものすごい空腹感に襲われたりする。
そんなこんなで、ケンちゃんの"ってのもなんかおかしいけど"ってわけだ。
なんにしろ、壊滅的に勢いを削がれ、再び口をつぐむしかなくなる。
「…………」
「………………」
拷問の様な沈黙も──どうやらお互いがそうであったようだが──そう長く続くこともなく。
注文したメニューは、現実で言えば"作り置き"か、といった速さで提供される。
目の前に置かれた少し深い木の大皿。
湯気立つビーフシチューがたっぷりと注がれ、今の俺にしてみればひと口で頬張るにははしたないかといった大振りの牛肉がごろごろと。
瞬間。落ち込んでたこと忘れるくらいには、それは美味そうで。
「まぁ、食おうよ。うまいんだ、此処の」
「は、はい」
促されるまま、用意された木匙を手に取る。
目を引く牛肉の煮込みをすくい上げ、一息に──は、やはりはしたないかと、半分くらい? 口に含めば、舌で切れるのではないかという、解けるというか蕩けるというか。
まるで牛肉ではないかのような柔らかな食感。肉という形にそこに重ねられているが、どんな些細な力でも砂の流れる様に崩れて広がる。
それでいて肉のうまみと食べ応えはしっかりと。濃い口のソースが絶妙に絡んで、得も言われぬうまさ。
なるほど"解ける牛肉亭"ね。
箸が、いや、スプーンが止まらず、折角二口で食べたものを台無しにする勢いではしたなく。がっつくように二つ。肉を平らげる。
「う、うっっっま!」
咀嚼の残ったまま、思わず声が漏れ、自分の行儀にはたと気が付き。
今更のように、空いた手で口元を隠しながら飲み下す。
ふと、横を見ればなんか"ぽかん"とした顔でこちらを見ているケンちゃん氏。
ああ、ほら、持っている手から匙が落ちそうだ。
気が付いて。
俺がその顔に気が付いたことに気がついて。
ケンちゃん氏はばつの悪そうに顔を背け、何かを誤魔化す様に前髪をかき上げた。
態度の意味が分からず、小首をかしげ、その表情を覗き見る。
観念したように目線だけ寄越し、ケンちゃん氏。
「ごめん。ほんとごめんなんだけど」
「は、はい?」
なにか、手持無沙汰な間を感じて、木匙をゆらゆら。
ケンちゃん氏は溜息を吐くように、残りを続けた。
「めっちゃ、可愛い──です」
まさかそれさえも彼の術中と思いたくはないが。
たしかに、仮想世界ながら、腹に物を入れたことで何かしらの余裕が生まれて。
くすりと、わずかに声に出して笑いながら。
「男扱い……してくれるんじゃ、なかったんですか?」




