真名探求研究会12
それでは学校内部に情報が拡散することを狙ったとするならばどうか。生徒会長という役職に就く者が学校のイメージを損なうようなことを率先して口にするはずがないし、もし話したとしても出所がすぐに分かってしまう。
つまりこれも人選が妥当とは決して言えない。それこそ噂好きな一般の生徒数名にそれとなく話してやれば済むことだ。
そうやって考えていると、まるで情報を与えられたサクラ――や場合によっては昇を含めた今期生徒会役員たちがどう動くのか試されていたかのように思えてきた。
「……いや、案外そうかもしれない」
確かにそうだとすると色々と辻褄が合っている、ような気がする。しかしサクラには不評だったようで、
「なかなか斬新な推理ね」
と呆れられてしまった。
「まあ、百歩譲ってその推理が正しいとして、何の為にそんなことをしたの?真由美さんに得することがないって言ったのはあなたよ」
「問題はそこなんだよなあ……」
さらに試されているとするならば、どのような行動を取ることで彼女のお眼鏡に適うのか、ということすら分かっていないのである。
再び部屋の中に沈黙が充満していく。昇の友人たちの誰か一人でもいれば「世界は不思議に満ちているな!」などと茶化して――上手くいけば――雰囲気を和らげてくれるのだろうが、残念ながら彼らは部活禁止にかこつけて遊びに出てしまっている。
自分がこんなにも頭を悩ませている時に遊び呆けていると思うと無性に腹が立ってきたので、昇は彼らの晩御飯から一品ずつおかずを拝借しようと心に決めたのだった。
「ふう、これ以上は考えるだけ時間の無駄だな。後は本人に直接聞いてみるしかない」
「直接!?はぐらかされるんじゃないかしら?」
「その場合、俺たちは彼女の試験に不合格だったというだけの話だ。情報源が一つ減ることにはなるけど、まあ、何とかなるだろう
「何とかって……本当に大丈夫?松野先輩の話だって、実は嘘という可能性もあるのよ?」
「それは先生たちと答え合わせをすれば良い。その為の道具は手に入ったんだから有効に使わないと」
と、松野の話に出ていた生徒会の裏帳簿をポンポンと叩く。こちらは彼の言った通りの場所にこっそりと置かれていた。
「とにかく、まず俺たちがしなくちゃいけないことは、当該の生徒や野球部が不当に重い処分を受けるのを防ぐこと、そして可及的速やかにこの件を終息させることだ。
昨日生徒会の議事録を見たけど、本来なら文化祭の準備に入らなくてはいけない時期にきているだろう?」
「ええ。確かに例年通りなら文化祭実行委員会の子たちにそれぞれのクラスや部の出し物を決めてもらっている頃ね」
ただでさえ運動部はとばっちりの部活禁止でフラストレーションが溜まっているのだ、事件が長引いて文化祭にまで影響が出る、ましてや中止なんてことになったら生徒達の暴動が起きるかもしれない。
「要するに時間がないから正面から真由美さんにぶつかってみる、と」
「そういうこと。ところで一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「何かしら?」
「その、真由美という名前は分かったけど、名字の方は何というんだ?」
昇の質問に、サクラはこの日二度目となる大きな溜め息を吐くのだった。
翌日の放課後、陣内真由美はクラブ棟の廊下を歩いていた。生徒会長の花宮サクラからの呼び出しを担任の教師を通して聞いたのが今朝のホームルームの時だった。
文化祭について、ということだったが、昨日は松野が呼び出されていたということもある、まず間違いなくあの事件のことだろう。そして呼び出されたのが生徒会室ではないことから察するに、盗聴器についても話してしまっている可能性は高い。
それにしてもまさかあの木下昇が副会長になるとは思わなかった。進んで他人と関わるタイプではないと踏んでいたのだが、噂されている通りサクラと密接な関係にあるのかもしれない。
いずれにせよ彼は校内屈指の魔法力の持ち主であり、変り者でもある。警戒するに越したことはないはずだ。
考え事をしている内に目的地に辿り着いていた。『真名探求研究会』、変り者の本拠地だ。
『ギイィヤアアアァァァァ!!』
「!ごほっ、けほっ」
ノックをする前に落ち着こうと、深く息を吸い込んだ瞬間、奇声が聞こえてきて思わず咽返ってしまう。涙目になりながら声の元を探ると、オカルト研究会から部員と思われる数人が悲鳴を上げて飛び出してくる。
すると直後触手のようなものが飛び出し、逃げた部員に絡み付くと部屋の中へと引きずり込んでしまった。
呆気にとられていると、今度は霊薬研究会の部室の扉から漏れ出た煙が二体の人型となりチャンチャンバラバラと戦い始める。
そして一方が首を刎ね、もう一方が胸を突き刺した途端、煙へと戻り消えていってしまった。
よく生徒たちから「クラブ棟三階は魔窟」だと聞かされていたが、正しく人外魔境、変人どころか変態の巣窟である。
余りの混沌ぶりについていけずに痛みを発する頭を押さえながら、改めて真名探求研究会の扉をノックする。
「どうぞ」と聞き馴染みのあるサクラの声が聞こえてきたことに若干安堵して中に入った、所で再び硬直してしまう。
「こんにちは、陣内さん」
「た……松野君も来ていたのね……」
やられた。まさか昨日の今日で松野、正まで呼ばれているとは思わなかったので声が上ずってしまった。もしかすると先程の奇声などもこちらを動揺させるための罠だったのかもしれない。
こんな人を食ったような真似をサクラがするとは考えられない。真由美は一人我関せずといった具合で本を読んでいた昇を睨みつけた。
「そんな怖い顔をしていると、せっかくの美人が台無しだぞ。それと、敵意を隠したいのならば睨むのは得策ではないな」
突然の指摘にゾッとする。昇の視線は相変わらず本に注がれたままだった。
「詳しい事は何も聞かされずにこんな所に呼び出されたのだから、不機嫌になって当然よ。それで何の用?これでもいろいろと忙しい身なの」
「既に進学先が決まっている松野と鶴西とは違って、か」
これには真由美のみならず正も驚愕の表情を浮かべた。そして絶句してしまった真由美に代わり正が声を上げる。
「……知っていたのか?」
「本題に入る前に少し話をしよう」
昇はゆっくりと本を閉じると、交互に二人を見やった。
「さて、今のやり取りでもう分かっただろうが一応言っておこう。既に俺たちは二人が中央大学園の先行推薦入学試験で合格したことを知っている。そして松野とは違って鶴西の方は一度不合格になった後、鶴西剛三の力を持って合格となったという事情も理解している」
先行試験の存在自体は生徒会役員や成績優秀者などにはこっそり教えられている為、知っていても別段おかしなことではなかったが、個別の事情まで把握しているとなると話は変わってくる。
そのことに気付いた正が怪訝そうな顔をしている。
「松野先輩、お二人の事情を私に話してくれたのは真由美さんです」
「そしてそのことを指示したのは鶴西淳也、彼自身だった」
サクラの説明の後を継いだ昇の言葉に
「何だって!?」
「で、出鱈目よ!」
「初耳よ!?」
三人が口々に叫ぶ。
「出鱈目ではないぞ。何せ昨夜本人に確認してきたのだからな」
「「「本人に!?」」」
今度は三人の声が綺麗に重なった。




