真名探求研究会13
昇が鶴西淳也に会うことを思いついたのは、昨日サクラと別れて寮の自室に戻った直後のことだった。
裏口入学にしても学外での魔法使用にしても、その中心にいるのは淳也である。それならば彼から直接話を聞くことが問題解決への一番の近道だろう、と考えたのだ。
もちろん真由美からも個別で聞き取りを行う必要はあるが、正とのやり取りから前生徒会役員たちは一癖も二癖もあり、一筋縄ではいかない連中だと感じていた。
こちらのペースに引き込むためにも淳也に会い、彼の考えを知ることが必須だと思えてきた。
さて、そうと決まれば行動あるのみだ。幸い寮の門限までもう少し時間があるので外に出るのに障害はない。夕食は諦めることになるが、財布を覗くとは数人の友の顔が見えたのでコンビニでも何でも食料を調達することはできるだろう。
帰って来る頃にはさすがに門限は過ぎているだろうが、まあ、いつものことだ、それこそなんとでもなる。
「行くか」
私服に着替えて外に出る。特に誰に呼び止められることもなく敷地外へも出ることができた。毎度のことながら学校のセキュリティに不安を覚えるが、楽で良いと考えておくことにする。
幼いころの記憶が間違っていないならば、鶴西邸は学校正門から歩いて数分程度距離にあったはずだ。神童と呼ばれていた当時の記憶を頼りに歩き始める。
すると、結構な数の魔法学校の制服を着た者たちとすれ違う。活動停止となっている運動部の連中だろう。憂さを晴らすのは良いがこれ以上問題を起こしてくれるなよ、と心の中で呟きながら歩き続けた。
しばらくすると、鶴西邸はすぐに見つかった。
「ふむ、これも日頃の行いの賜物だな」
自画自賛しつつも、携帯などの地図アプリケーションを使えば良かったと今更ながらに思う。魔法使いの中には科学技術という文明の利器を使うことに抵抗感を持つ者もいるそうだが、昇にはそうした感情は一切ない。
ただ単に忘れていただけで、そのせいで日頃の行いポイントを無駄に消費してしまった。
「まあ、この程度ならすぐに貯まるか。それよりもこれからどうしたものかね……」
実は昇には淳也に会う上手い口実や妙案があった訳ではない。思い立ったが吉日とばかりに、勢いだけでここまでやって来たのである。
「……別にやましい理由な訳でもないし、正面からで良いか」
一通り悩んでからそう結論付けると、立派な門へと向かう。確かこの辺りはウンドでも有数の地価をほこる地域のはずだ。
そんな所に豪邸を建てるという鶴西剛三の顕示欲にはいささか辟易してくる。そんなことを考えている内に、特に何も起きずに門に到着する。どうやら監視カメラのみで警備員等は配置されていないらしい。
チャイムを鳴らすとシャラーンと品の良い音が響いてくる。すぐさまインターホン越しに若い女性の『どちら様でしょうか?』という誰何の声が上がる。
「夜分に恐れ入ります。私はウンド魔法学校高等部所属の木下昇と申します。淳也様は御在宅でしょうか?実は来月に行われる文化祭の件で至急ご相談させて頂きたい事案が発生したので、失礼とは思いましたがこのような時間に訪ねさせて頂いた次第です」
相手に口を挿ませないまま一気に表向きの用件まで伝えきる。ついでにとても困っている様を演出してみたが、これは上手くいったかどうかは微妙な所である。
『申し訳ありませんが、淳也は本日外出しております』
と、今度もすぐに余り抑揚のない声で返答された。演出は見事に失敗したようだ。しかしここで、はい、そうですかと言って帰る訳にはいかない。
「松野先輩からは鶴西先輩は今日一日家にいるはずだ、と教えてもらったんですけど……」
相手が知っているであろうと思われる人物の名前を出す。さらに口調を崩して親しい間柄であるように思わせてみる。
『……少々お待ち下さい』
上へと相談しに行ったのか、はたまた淳也本人に聞きに行ったのか、どちらにせよ今度は上手く演出できたようだ。
そして待つこと数分『どうぞ中へお進み下さい』と伝えられると同時に門が開く。
さて無事に鶴西邸内に入ることはできたが、淳也本人に会えるかどうかはまだ分からない。
インターホンの女性が応対する可能性が三割、彼女の上役が四割、一割五分程度の確率で鶴西剛三の秘書が出てきて、淳也本人がすんなり出てくる可能性はせいぜい一割といった所だろう。
残り五分は鶴西剛三が出てくる等のレアパターンなので、今は気にする必要はない。
玄関の扉を開けるとスーツ姿の女性が立っていて、スリッパを勧められる。どうやら一応は客人として取り扱ってくれるらしい。
ちなみに声から彼女がインターホンの主であることが分かった。てっきり家政婦とかそういった人だと思い込んでいたのだが、鶴西剛三の秘書か事務所の人間のようだ。
女性の案内で客間に通されると、そこで待つように言われる。「飲み物は何がよろしいですか?」という問いには無難に「コーヒーをお願いします」と答えておいた。
さて現段階では先程の彼女の上役が現れる可能性が最も高そうだが、既に一度予想が外れている。とりあえず誰が出てきても驚かないように心の準備だけはしておくことにしよう。
コーヒーが出るまで数分、そしてそこからまた十数分経ったが誰も現れる気配がない。その間に壁に掛った時計のギミックが動き、寮の門限が過ぎたことを知らせていた。
「まさか放置ってわけじゃないよな……?」
すっかり冷めてしまったコーヒーに、これでもかと言わんばかりにミルクを投入して――小さなコーヒーフレッシュではなく、それなりのサイズのミルクポットに入っていた――から口を付ける。
空きっ腹を誤魔化すのもそろそろ限界だ。不平の声が腹部から上がる前に誰でも良いから来て欲しい。




