真名探求研究会9
翌日の放課後、予定通り昇は三年の教室に向かっていた。既にほとんどの生徒が副会長就任――正式には発表されていないので、現段階ではあくまで予定――であることを知っているのか、すれ違う生徒たちは皆驚いた顔をしていた。
これまで一部の生徒を除いては距離を取り、こうした役職には一切着いたことがなかったので、何か裏があるのではないかと勘繰る者も少なからずいるほどだった。
しかもクラスの女子などは「どうやって口説き落としたのか?」とサクラを問い詰める始末で、朝から騒がしい一日となっていた。
「興味があるのは仕方がないけど、何でもかんでもそれと結び付けるのは勘弁して欲しい」
教室でのできごとを思い出すとつい愚痴を吐いてしまう。恋愛感情感知能力が暴走しておかしな変貌を遂げてしまっているのではないだろうか。
昨日は夕食を諦めて見回りの教師がやって来るまで不正の証拠となりそうな資料を探していたのだが、決定的なものを見つけられず仕舞いだった。
そのこともあって気分が沈んでいた所に今朝の騒動である。本音を言えば松野たちに会うのは日を改めたいところだが、事件が起きてから一週間以上経っており、残り時間を考えるとそう悠長に構えてはいられない。
「失礼する。松野前生徒会長はおられるか?」
あらかじめ調べて――友人に聞くと全員知っていた――おいた教室に入り声を上げる。既に部屋の中にいる人間は半数程になっていたが、突然の来訪者に皆一様に目を向けてくる。
「松野は僕だが、何か用かな?」
しかし昇の訪問を予測していたのであろう、その中にあって一人落ち着いた様子の男が返事をしてきた。
「呼びたててしまってすまない。俺は今期の生徒会副会長になる木下だ。実は文化祭や生徒会運営について幾つか教えて欲しい事があるのだが、時間を貰えないだろうか?」
「そういうことか。今日は特に用事もないし構わないよ。生徒会室で良いのかな?」
表向きの用件についても予測していたのか、直ぐに了承する松野。
「ああ。できれば鶴西前副会長にも同席してもらいたいのだが……」
「悪いけれど、鶴西は家の用事でここ数日学校に来ていないんだよ」
それは初耳だ。あの事件の時に怪我でもしていたのではないかと思い、尋ねてみる。
「そうなのか?どこか体を悪くしているということではないのか?」
「昨日の電話の声を聞く限り至って元気そうだよ。ただ慣れない仕事を押し付けられて気が滅入るとぼやいていたけどね」
ほとぼりが冷めるまで謹慎させているということなのだろうか。しかしこれ以上粘っても新しい情報が出てくるとは思えない。ここは二人が頻繁に連絡を取り合っていることが分かっただけで満足するべきだろう。
「それでは申し訳ないが生徒会室までご足労願おう」
松野を連れ立って生徒会室へと向かう。今頃先に着いたサクラがいろいろと準備をしているはずだ。
ところが歩き始めて間もなく松野が口を開いた。
「そう言えば木下君は確か……変わった名前の同好会の代表だったよね?」
「『真名探求研究会』だ。それがどうかしたのか?」
「僕が会長だった時には一度も部長会合に参加していなかったと思い出してね。そんな君が今では副会長だというのだから世の中何が起こるか分からないね」
まさかこんな場所でいきなり仕掛けてくるとは思わなかった。動揺を悟られない為にも振り向かず歩きながら答えを返す。
「何が起こるか分からないということには同意しよう。それと会合への不参加についてだが、これでも学校から優遇されている自覚はあるのでな、生徒の集まりに俺が顔を出せば余計な騒ぎが起きかねないと思って遠慮していたのだ」
「それは余計な気を遣わせていたようだね。ところで、生徒会に入ったのにまだあの同好会を続けるつもりなのかい?」
こちらの力量を見極めようとしているのだろうか、とにかく松野は舌戦を止めるつもりはないらしい。
「勿論そのつもりだが、何か問題でもあるのか?」
「生徒会役員は多忙だからね、業務をこなしながら同好会活動をこなす余裕があるのかと疑問に思っただけさ」
「片手間でやられては迷惑だ、ということか?」
「そう取ってもらっても構わないよ」
「ご忠告痛み入る。だが役員のほとんどが野球部にも所属していたという例もあることだし、何とかなると思っている」
と、やり返してみるが相手はどこ吹く風だ。これはわざと噛み付き易いウィークポイントを作っていた可能性もありそうだ。
「その覚悟があるならそれで良いさ。だけど部員は君一人だけだし、生徒会室で活動すれば部室はもう必要ないだろう?どこか別の部や同好会にあの部屋をあてがってあげれば人気も取れると思うよ」
「確かに人気は必要だな。考えておくとしよう。しかし今度の問題で野球部はその候補からは外れることになるぞ」
人数の多い野球部は数年前から第二部室を要望していたのだが、他の部との折り合いが付かず棚上げになっていた。しかし今回の一件を受けて完全に白紙撤回されることになるだろう。
「仕方ないさ。それだけのことをしてしまったのだからね」
まるで他人事のような松野の言い分に虫唾が走る。自分たちがしでかしたことでどれだけの人に迷惑が掛っているのかと怒鳴りつけてやりたくなるのを懸命に抑える。
しかし全てを隠しきることはできず、すれ違う生徒がギョッとした顔をしていた。
「そこで黙る、か。君も案外つまらない奴だな」
そんな昇の態度がお気に召さなかったのか、松野は続けて挑発を仕掛けてくる。激昂させて手を出させたいのか、それとも単に人を不快にさせることが楽しいのかは分からないが、わざわざ相手の土俵に上がってやる必要はない。
生徒会室に着くまでは我慢の一手だ。これ以上取り合うつもりがない事が分かったのか、ついには松野も口を開かなくなった。
生徒会室前に着きノックをすると「どうぞ」と声が返ってくる。サクラの方も教師に捕まるといった急なトラブルに巻き込まれることもなく準備を進めてくれていたようだ。中央の机の上には何冊ものファイルが置かれていた。
「お忙しい時期に呼び出してしまってすみません。どうぞお掛け下さい」
確かに本来なら受験勉強で忙しい時期であるが、松野は既に合格の内定を得ている。それを知った上でわざわざ言うのだからサクラもなかなかに意地が悪い。
当の松野もさすがに一瞬顔を顰めていた。
「それでは早速話を伺いたいのだが――」
「おいおい、今期の生徒会は客に茶の一杯も出さないのかい?」
しかしそのままの勢いで押し切ろうと考えていたことを見透かされたのか、その後に発した昇の言葉には被せるように向こうの要求をぶつけられてしまう。
さすがは前生徒会長といったところか、見事に仕切り直しに持ち込まれてしまった。目配せを交わしてサクラが給仕役に回る。
「それは副会長の木下君の役目じゃないのか?」
尋ねながら松野は手帳を取り出すと何かを書き始めた。疑問に思いながらも昇は返事を返す。
「俺は昨日この部屋に来たばかりだから、どこに何があるのかまだ把握していない。彼女にやってもらった方が早い」
「物は言いようだな」
声を出すと同時に見せられた手帳には
『この部屋には盗聴器が仕掛けられている』
と書かれていた。




