第三十章 宴会 「さあ飲め」 「さあ吐け」
都市ダクシムは、その容貌を一変させていた。
あれほど荒廃し血の海に沈んでいたはずの都市は生まれ変わったように美しくなり、同時に棘も備えていた。
各所に備えられた魔術砲台や防壁が、物々しい雰囲気を醸し出している。
とはいえこれも必要な備えである。卑徒との戦闘を考えれば、これでも心もとないほどだ。
現状、卑徒レヴル・レヴル、グラト・グラト、ラース・ラースの討伐により眷属の数は目に見えて減少していた。
難民の移住はスムーズに進んだものの、なにかと問題は尽きない。
たとえば食料配給一つにも問題は頻発する。治安維持や住民たちの仕事に関してもリソースを裂かねばならない。
生憎とただの学生であった私には荷が重い。滅亡に瀕していた魔族の復興――そう簡単にいくはずもないと、分かってはいるのだが。
所詮、私に出来るのは戦闘くらいなものだ。
新たなる拠点として栄えているダクシムを見回っていると、見知った顔に出くわした。
「……あ、お兄ちゃんだ」
「おお、妾の血袋ではないか。相変わらず締まらない面をしておるのう。もう少し引き締めたらどうなのじゃ」
心なしか嬉しそうな雰囲気を纏った無表情のコトネと、グロリアスをくるくると回すグローリアの姿。
『ケケケ、元気そうじゃねえかよ小僧。オレ様が恋しくてたまらなくなって来ちまったのか。まったくオレ様も罪なヤツだなあ全く!』
「憎まれ口は変わっていないようだな、グロリアス。むしろ安心するくらいだがね」
ニヤリと笑ってグロリアスに語りかける。ただの傘だというのに、こいつも同じように笑ったような気がした。
二人と一本に会うのも久々のことだ。ラースや眷属となったクレスとの死闘は伝わっているはずだが、あえて明るく振る舞っているのだろう。
なにしろとても長い期間、この都市の復興に費やしていたのだ。それでもこの都市の変わりようを見れば早いくらいといっていい。
グラト・グラトに食い荒らされた腐臭はもはやどこにもない。新しい活気に満ち溢れていた。
「……私たち、頑張った。褒めて?」
コトネが抱き着く勢いで寄り添ってくる。兄に甘える妹のようだ。
――妹、か。
私は黙って彼女の頭を撫でた。さらさらとした水色の髪が心地よい。同時に香しい果実にも似た匂いが鼻腔を刺激した。
ずっとこうしていたくなる。猫のように目を細めて気持ちよさそうにするコトネは幸せそうだった。
と、グローリアがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「ほほう、そうしているとまるで仲の良い兄妹のようじゃの。妾も入れて欲しいくらいじゃ」
「……えへへ。そう? 結構、嬉しい」
ゴロゴロと喉を鳴らしそうな雰囲気である。甘える子猫は無邪気ではあるものの、凶器じみた二つの膨らみが私から正気を奪っていく。
いけないいけない。この感触から離れるのは惜しいが、そうも言っていられない。
立ち話というのも風情がないので、私たちは前回の時仮宿とした宿に落ち着いた。以前は寂れていたが、今は活気を取り戻している。
一階は酒場となっており、魔王軍の兵士たちが酒を飲み明かしていた。
日も暮れ夜の帳が降りているとはいえ、コトネとグローリアと連れだって酒場に入るというのはどうにも気が狂う。
酒場中の視線がこちらに集中するのを感じる。紳士と童顔巨乳、合法ロリという組み合わせはやはり歪だ。
基本的にグローリアは放任主義だが、《紫の隊》のメンバーは戦々恐々としているようだった。この吸血鬼、もしかすると酒癖が悪いのかもしれない。
一方の《蒼の隊》のメンツは和気藹々としている――というか、コトネがマスコットのような扱いだ。
仮にも隊長だというのにそれでいいのだろうか。
もっとも、コトネに威厳など求める方が間違っているのかもしれない。癒され要因のコトネなのだった。
ひとしきりもみくちゃにされたコトネと部下を冷やかしまくったグローリアが席に着く。
私は美女に粉をかけていたのだが、コトネに腕を引っ掴まれ連行されてしまった。
「……お兄ちゃんはエロの権化」
「いや、まあ間違ってはいないが……その、な? 機嫌を直してくれないかね?」
可愛らしく頬をふくらますコトネ。彼女は達観した氷のような雰囲気を纏っていたはずなのだが、今となっては見た目相応の幼さを発揮していた。
アルコールもそれを助長しているのかもしれない。なんというか、冒涜的な光景だ。
ちなみに肉体年齢的に問題はないのだろうか。かといってレディに歳を尋ねるのも無礼なので黙っておく。
「妾は酒なんぞよりももっと飲みたいものがあるのじゃがのう……チラッ」
妖艶な仕草で流し目を送るグローリア。自分でチラッ、とか言うんじゃない。
『クケケ、ご主人サマよぉ。魅了の魔眼抜きで色仕掛けやろうってんならそりゃいくらなんでも無理があるってもんだぜへぶぅ!?』
脇にかけられていたグロリアスが蹴られて悲鳴を上げた。だが、その程度でへこたれる魔傘ではない。
『そうやって照れ隠ししてポイント稼ごうってかぁ? その貧しい胸で勝負しようってのがまず間違ってんだよ。また狡すっからい根性してやがんなぁオイ――ちょっと待て待ってっておい、やめろやめれやめて下さい折れる! 折れちゃう!』
げしげしと踏まれに踏まれ、ついにグロリアスは死んだように沈黙した。
こうなってはただの傘である。
「ふん、まったくこやつは本当に駄傘よな! いっそ一息にへし折れたならどれだけよかったか……ふむ、試してみるもの一興じゃの?」
そう言ってコトネから氷刀《霙》を奪うようにして抜刀し、グロリアスへ向けて――って、待て待て待て!
「そ、それはやりすぎではないかね?」
慌てて止めに入ると、しぶしぶと刀を下ろした。
危ねぇ……止めなければ本気でやっていたのではなかろうか。
容赦のなさにかけては随一の吸血鬼であった。というか、コトネも素直に刀を渡すんじゃない。
「……? ろうしたの、お兄ちゃん」
見てみればコトネは既に顔が真っ赤だ。呂律も回っていないばかりか、目はトロンとして焦点を失っている。
まだそれほどの量を呑んだわけではないというのに、すっかり出来上がってしまっていた。
……下戸だったか。
グローリアやテオドールがウワバミだったせいか魔族はアルコールに強いのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
と、噂をすればなんとやら。遅れて到着したテオドールとエイミーが軽快な鈴の音と共に現れた。
「やっほー、遅れてごめんねー……って、コトネ!? 駄目じゃない、誰よコトネにお酒飲ませたの!」
エイミーがコトネに駆け寄りジョッキを奪い取ろうとするが、コトネは頑として渡さなかった。
愛刀はあっさり渡していたクセに。
続いて席に着いたテオドールが露骨に顔を顰める。
「おい、誰だこの吸血鬼に酒を浴びせたのは。脳髄までアルコール漬けになっても顔色が変わらんから問題なのだコイツは」
もしかしなくても、酒場を集合場所にしたのは間違いだったのだろう。
とはいえ時すでに遅し。どうせ酔っているならもはや関係ないと覚悟を決めた様子の二人も、豪快に飲み始める。
「……っぷはー。ねーねーカズキー。アンタが女好きなのは百も承知の上なんだけど、この中で一番好みなのは誰?」
唐突に、エイミーが爆弾をブチ込みだした。
隣のテオドールが下らん下らんと言いながらエイミーをチラチラと見ているのが丸わかり。
一斉に女性陣の目が据わった。エイミーは不敵な笑みを浮かべ、コトネは顔を林檎のように赤くしながらこちらを見つめ、グローリアは妖艶に髪をかき上げてみせる。
「あー……これは、答えなくてはいけないのかね?」
「勿論」
「……当然」
「無論じゃな」
こういう時に無駄なチームワークを発揮するのはどうかと思う。
さらに畳み掛けるようにエイミーが口を開いた。
「全員好み、とかいうのはナシだからね? この中で一番よ、一番」
「…………酒、飲ますんじゃなかった」
いまさらながら後悔して思わずぽつりとつぶやくと、テオドールが意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「自業自得だなカズキ、女難の相がにじみ出ているぞ。さあとっとと白状するがいい。もっとも、一番かわいいのはエイミー以外有り得んのだが」
それが、爆弾発言だとも気付かずに。
「――へ?」
素っ頓狂な声を上げたのは当のエイミーだ。不意を撃たれた鳩は、本当にこういう顔をするのかもしれない。
「……ほう」
「ほほーう、これはまた面白いネタが上がったものじゃのう?」
コトネとグローリアが餌に飛びついた。
それはピラニアもかくやという食いつきっぷりで、見ているこっちが不憫になるほど。
テオドールは失言に気付いたのか、すっかり酔いの覚めた様子でしまったという顔を浮かべるばかり。
標的が黒狼に移ったのを敏感に感じ取った私は、すかさず援護射撃をブチかます。
「おやおや、これはまた大胆な告白だ。で、一体エイミーのどういうところが好みなのかね?」
「ぐっ……! カズキ、貴様……!」
「さあとっとと白状したまえ。キリキリ頼むよテオドール」
攻守は一転、未だにポカンとしたエイミーをよそに、テオドール包囲網が完成していく。
「……まあ、ハッキリ言ってバレバレだったんだけど」
と、コトネ。
「ふむ、そうじゃったのか。妾は露として知らなんだが、狼小僧も色恋沙汰に目覚める年頃じゃったか。あまり発情の匂いをプンプンさせるものではないぞ?」
グローリアは面白い玩具を見つけた子供のような表情だ。しかも嗜虐的な。
「あ、あはは……もう、皆してテオドールを弄って遊ばないの。ほら、お世辞でしょお世辞」
ようやく回復したエイミーだが、テオドールの好意にはさっぱり気付いていないようだった。
これは辛い。
――もっとも、私がテオドールを揶揄するのは筋違いというものだが。
エイミーの想いに私は応えられていないだろうに、よくも隣でヘラヘラと笑えたものだ。
しかし、だからといって妥協も諦めもしない。私は強欲なのだ。
それでも、もしエイミーがテオドールを選ぶというのなら、止める権利などありはしない。
「ぐ、むむむ……お、俺は先に失礼する! こんなところで飲んでいられるか!」
酒瓶を引っ掴んで立ち上がる狼男。文字通り尻尾を巻いて退散する腹積もりのようだ。
「……つまんないの」
「妾の酒が飲めぬというか坊主。生意気に成長しおってからに……そんなだからヘタレなんじゃお前は」
「余計なお世話だ!」
外見は幼く見える二人に野次を飛ばされながら、テオドールはすごすごと巣に帰るのであった。
「では、そろそろ私もこの辺りで……」
お暇しようかな、と言って席を立とうとしたところで。
「待ちなさいカズキ。まだ質問に答えてもらってないわよ」
「……そうね。さあ吐いて。今すぐ吐いて」
「どうせ妾の美貌に勝てるオナゴなんぞおらぬのじゃから聞くだけ無駄だとは思うが、それはそれとして肉声で聞きたいものよな」
女性陣に詰め寄られる。どうやら、上手いことこの場を切り抜けるのは失敗に終わったらしい。
結局、好みのタイプから性癖から、何から何まで暴露する羽目になってしまった。
こうして、宴会の夜は更けていくのであった。




