第1話 勇者死す
賢者マリウスには重大な役目があった。自分たちの演じるゲームはどう評価されたか、真理の間に赴いて調査する事だ。それは酷評の嵐で、彼は少なからず心に傷を負ってしまった。そうしてまで掴んだ結果を、王都で待つ主要メンバーに伝える予定だったのだが——。
「リーディス、この規模感はなんですか」
マリウスは怪訝な視線を周囲におくった。始まりの平原は飲めや歌えやの大騒ぎだ。大勢がひしめきあい、肩を抱き合って宴を愉しんでいた。
一方でリーディスは、カラカラと笑った。
「せっかくだから全員集めてみた。しかしすげぇ数だよな〜〜」
「そんな他人事みたいに」
会場の片隅に馬を駐めたマリウスたちは、早くも会場の熱気を浴びた。集まった顔ぶれも街の住民から魔族までと、実に幅広い。
「こうして一堂に会すると、相当なものですね」
「NPCから敵キャラまで呼んだからな」
リーディスと並んで会場の中を歩いた。催しは多岐にわたる。
国王陛下は舞台で竪琴を奏で、オーガと剛腕騎士が誇りを賭けた腕相撲。草むらではフェアリー歌劇団による舞踏会が披露されるなどして、いずれも人だかりが出来ていた。かたわらで子供たちが風車を片手に駆け回り、あるいは巨大バッタの背にまたがって空の旅行に熱中した。
どこを見ても曇りなき笑顔ばかり。マリウスは胸に鋭い痛みを覚えた。
「実に楽しそうですね」
「つうかマリウス、お前も今日くらい飲めって。潰れてもベッドまで背負ってやるから」
誰もが有頂天で、成功を疑っていない様子だ。マリウスは手のひらが汗ばむのを感じた。酒食など視界の端にも入らない。
(いっそのこと、リーディスには先に打ち明けようか。いやしかし……)
誰かに相談できたらとマリウスは思い悩む。だがリーディスは適任でないと、旧い付き合いから理解していた。もっと話の通じる人はいないかと、四方に目を向けた。
そこで彼らは呼び止められた。
「勇者様!」
声をあげたのは2人組の少女だ。いずれも純白シルクローブに、豪華な腰ベルト、金色の装飾品で着飾る。三聖女のリリアとメリィだった。
この2人も適任とは言えない——マリウスは半歩だけ退がって聞き役に回った。2人もリーディスしか見ていない様子だった。
「勇者様。マリウスさんのお迎え、おつかれさま。大変だったでしょ?」
リリアが自身の髪を指でなでつけて、整えた。金色のツインテールに乱れはなかった。
「馬を借りたからすぐだったぞ。マリウスの方がよっぽど疲れてるだろ」
「それはそうよね。どうなのマリウスさん、配信動画のコメントを見てきたのよね? どんな事が書いてあったの?」
マリウスは、急に刺されたとばかりに「ヒュッ」という声を漏らした。だが、返答したのはリーディスだった。
「それは後で場を設けるから。それより2人は愉しんでるか?」
「まぁそれなりにね。でもさ、お祝いなら王宮でやったらいいのに。外だと虫は出るし、埃はたつしで」
すると、リーディスたちの間に割り込むようにして、もう1人の聖女が嘲笑った。リリアと同じ服装の少女で、ひと回り小柄だ。彼女が小首をかしげると、銀髪のショートボブがさらりと揺れた。
「出ましたリリアのノンデリ発言! 敵キャラの皆さんはお城に入れないんです〜〜だから勇者様のはからいでフィールドにしたんです〜〜。はい、聖女失格の人でなし!」
「なによメリィ、ちょっと設定を忘れただけじゃないの」
「わたくしメリィは勇者様のご意思に完全賛成の完璧合意なのです。そのことは忘れずにお願いできますぅ?」
上目遣いに媚び始めるメリィがリーディスに迫る。しかしその脇腹に、リリアによる鮮やかなロケットキックが炸裂、ふっ飛ばされる。2人の聖女は草地に倒れ込むなり、取っ組み合いの揉みくちゃになった。
「あの、リーディス。止めないのですか?」
マリウスが尋ねると「怪我しても魔法で治せるし」と取り合わない。むしろ、先を急がせようとした。
そうしてリーディスに連れられたのは、大掛かりなステージだった。壇上を飾る横断幕には『オレたち伝説の神ゲー最高!』と達筆で描かれていた。さらにはステージを取り囲むようにして、大勢の人が詰めかけている。
マリウスは目眩から立ち止まった。だがリーディスは登れと、その背中をせっつく。
「んじゃ頼むわ。オレたちの評判を教えてくれよ」
「えっ、今ここで!? 僕が!??」
「皆も楽しみに待ってたんだから、ホラ」
ステージ周辺の人垣はそろってマリウスに熱視線を送る。そして待ちかねたとばかりに、大きな拍手と指笛が鳴り響いた。
おずおずと壇上に登るマリウス。
(僕にどうしろと言うんだ……!)
青ざめたマリウスは、ただ口ごもった。そうして苦悶の表情を浮かべていると、さすがに察した群衆がざわめきだした。不安は波のように広がり、どよめきが聞こえるようになる。
するとリーディスも壇上に登り、場を鎮めた。
「みんな、静かにしてくれ。マリウスはまだ何も語っちゃいない」
続けて、おもむろにマリウスの方を向いた。
「何を聞いてきたか知らない。でも気を遣うなよ。見聞きしたこと、そのままブチまけてやれ」
「そのままを? いやしかし……」
「遠慮すんなって! オレたち仲間だぞ、ほら!」
「君がそういうのなら…………。わかりました、ありのままを」
マリウスは唾を飲み込んでから、叫んだ。観衆の方は見ずに空を睨みつつ。
「僕たちのゲームは最悪です!」
「えっ!?」
「見どころ一切無しのクソゲーです!」
「ええーーっ!?」
マリウスが叫ぶと、動揺が広がった。皆は顔を見合わせては、困惑した様子で囁きあった。
そんな中でリーディスはというと、静かだった。静けさを保ったまま、ただその場で膝を屈し、地面に倒れ伏した。そして口からは呟きを漏らす「こんなことって、ちくしょう……」
すると異変が巻き起こった。リーディスが光の粒子に包まれて輝き出した——かと思えば身体は忽然と消え失せてしまう。最後に残されたのは1つの墓標のみ。
「大変よ! 勇者様がシステムに死亡判定されちゃった!」
「神父様よんでこい! あと復活のための小銭!」
墓標のまわりで皆が奔走し始めるのを、マリウスは壇上で眺めていた。やはり予想通りになったなと、溜息が漏れ出た。




