プロローグ
『何これクソゲーすぎね?』
『難易度ぬるそう。この品質でフルプライスは草』
『もっと可愛い子だせよ。男ばっかじゃねぇか』
真理の間には今、様々な言葉が浮かんでいた。無数とも言える暴言が、可視化されたオブジェクトとなって生まれてゆく。それらは音声を伴い室内に響き渡った。まるで悪意を孕んだ嵐のようで、所狭しと罵詈雑言を撒き散らした。
全てを一身で受け止めた青年は、うめき声をもらし、崩れるように膝をついた。
賢者の肩書をもつ男マリウス――切れ長の瞳に整った鼻梁は、本来なら彼の知性を感じさせた。だがそれも今は苦悶の表情に歪む。整えられた紺碧の長髪も脂汗で乱れており、どこか病身のように見えてしまう。
「なんてクレームの数だろう。怒りと、失望ばかりの……」
可視化されたテキスト群に果ては見えない。だが無限ではない。それらはやがて、1つひとつと消えていく。
そうして、いつしか静寂が訪れた。コメントの出力が終わったのだが、彼は膝をついたまま呆然としてしまう。飾り気のない無機質な石畳の部屋——目を留める飾りの1つもなく、彼はただ自分の掌を見つめた。汗でぬらぬらとしていた。
「これが僕たちの評価だなんて。いくらなんでも、ここまで酷いとは」
ふるえる手を胸に当てて、たどたどしく深呼吸。ひとつ、ふたつ。ようやく顔を持ち上げたマリウスは、一点を見上げた。
部屋の宙に、青白く輝く球体『蒼天球』が浮かぶ。それは夜半の湖面のように穏やかで、至宝のような煌めきを放つ。口汚い言葉を吐き出したとは思えない程の美しさを、ひっそりとたたえていた。
「今のを、皆にどう伝えたものか……」
ようやく足腰に力が戻ったマリウスは、部屋から立ち去ろうとした。後ろ髪を引かれるように足取りは重たい。
重厚な石扉に手をかけて、閉じてゆく。その最中で、真理の間に残る青い球体を見た。胸のうずきを堪えつつ、取っ手に渾身の力をこめて横に引いた。
ドン——。
重たい音とともに真理の間を閉めた。後は帰るだけだが、なかなか足が向かない。大きな溜息をはいて、ようやく気力が湧いた。
屋外に出るなり、一気に視界が開けた。曇りなき空に太陽がきらめき、小鳥が群れをなして頭上を横切っていく。荘厳な神殿内部とは別世界のようで、温もりにあふれていた。
それでもマリウスの顔色は晴れない。ただ目を細めただけだった。
「歩きながら考えるか。取り繕う方法……」
山を降るうち、裾野のはるか先に王都を見た。徒歩で半日程度と見積もった——その時だった。
「お〜〜い、マリウス!」
どこからともなく呼び声が響いた。次第に馬蹄の響きも迫りくる。坂道を駆け上ってくる騎兵と目があった。
その男はまだ若い。焦げ茶色のとがった髪型に、革鎧を着込む青年剣士——知った顔だ。勇者の肩書をもつ主要キャラの1人だった。
マリウスはそちらに歩み寄った。
「リーディス、なにかありましたか」
「乗れよ。皆待ってるぞ」
「迎えに来てくれたんですか? それはわざわざ、本当にわざわざ、ありがとうございます……」
マリウスが硬い笑みを浮かべたが、リーディスは「気にすんな」と快活に笑い飛ばした。
「オレたちの評判を調べてくれたんだろ? 皆も気になりすぎて集まってるから」
「それは王都の食堂でしょうか。あるいは議場あたり……」
「ううん。始まりの平原」
「どういうことです? さっきから話が」
「良いから乗れって。見たら分かるから!」
リーディスはマリウスの手首を掴むと、強引に引き上げた。そして2人乗りになったところで、馬を急き立てた。下り坂を跳ねるようにして駆け抜けていく。
「リーディス、そんな急がなくても!」
「はっはっは! 早駆けが怖いのか? 昔からお前はビビリだったもんなぁ!」
そういう事じゃなくて時間をください——。言いかけてマリウスは口をつぐんだ。酷評だった事はリーディスも知らない。
馬は軽快に山道を降りきり、平地にさしかかる。大橋を渡って、やがて王都が近づいたころだ。マリウスは異変に気づく。笑い声、音曲の響き、平原に集まる人影の多さ。
始まりの平原と呼ばれる草原地帯には、似つかわしくない程の賑やかさが感じられた。
「リーディス、これは何事ですか?」
「お祝いだよ。オレたちのゲーム発売が近いからさ。それを記念して盛大なパーティーを」
「お祝い……!」
「みんな評価が知りたくて、お待ちかねだからな。全速力だ」
「待ってくださいってば!」
言いかけた言葉は届かず。馬は会場を目指し、一直線に駆け抜けていく。
間もなくマリウスは宴の場へと身を投じることになる。評価の件をどう伝えたら良いか——答えを見つけられないまま。




