第2話 それでもマリウスなら
水を打ったように静まり返る青空宴会。誰もがうつむき、モソモソと冷めた料理を食らう。口数もめっきりと減る中で、野鳥のさえずりが虚しく響き渡った。
マリウスはというと、傍らの岩に腰掛けていた。隣には、墓から蘇ったばかりのリーディスの姿もある。
「なぁマリウス。そんなにダメだったか、オレたちは?」
「発売前の販促として、ゲーム配信があったのは知っていますよね? ほら、先日に序盤だけプレイされたでしょう」
「その評価がヤバかったんだよな?」
「それはもう」
マリウスは笑ったつもりだが、頬に引きつりを覚えた。罵倒の嵐は今も心に突き刺さっている。
「あの日、オレたちは完璧に演じたはずだ。落ち度なんて無かったと思う。まぁ、システムで決められたようにしか動けねぇんだけどさ」
「はい。だから僕たちの責任ではないと言えます」
定められた通りに動き、全うした。その評価が悪いのであれば、運命と割り切るしかない。そう思っても、胸の中には苦いものが駆け巡った。
するとそこへ、リリアとメリィがやって来た。2人が運ぶ皿は、ローストビーフが整然と盛り付けられていた。
「勇者様、ちゃんと食べないと身体に悪いわよ。いつ何時ゲームが始まるかわからないし」
「発売されるまで出番なんて無いだろ」
「そうだろうけど。ともかく食べて」
リリアは「マリウスさんも」と付け加えて、皿を差し出した。
食欲のわく心境には程遠いマリウスたちだったが、肉を一切れだけつまんだ。噛みしめると、舌に少しぬるく、続けて甘辛いソースの味わいが広がった。その瞬間だけは、重苦しい空気もいくらか和らいだ。
それからもリリアとメリィは立ち去らず、傍らに腰をおろした。マリウスたちより一段低い岩場だった。
「ショックだと思うけど、気にし過ぎも良くないと思うの。それに配信じゃ、全部を見せてない訳だし」
リリアが気遣いの言葉を投げかけると、すかさずメリィが口を挟んだ。
「私たち三聖女が活躍する手前で、配信が終わったのです。でもこのメリィちゃんの魅力を知ったら、たちまち大人気になること間違いなし! 世界中のロリコンどもが熱狂すること請け合いです!」
「アンタちょっと黙ってて」
果たしてこのゲームは売れるだろうか——とマリウスは思う。最低のレッテルを貼られた今、売上も期待できない。娯楽に溢れたこのご時世で、最後までプレイするユーザーはいかほどか。
マリウスが黙りこくると、リーディスも顔を曇らせた。するとリリアは、よどむ空気を振り払うかのように、身振りを激しくして言葉を重ねていく。
「それにね、ほら、失敗は成功の母って言うじゃない。今回がダメでも、次回作はもっと良くできるでしょ!」
助け舟を求めるような視線が、マリウスへ向けられた。だが、彼が答えるより先に、別の方から声があがった。
「果たしてそうかしら?」
声の主はマリウスの後方に居た。その人物も聖女の装いをしていた。青紫にウェーブのかかった髪を琥珀の髪留めでまとめている。三聖女のひとりライザだ。
彼女は何を見るでもなく、タンポポをつまんでは、白い綿毛を撫でた。
「何よライザ。含みのある言い方して」
「次回作なんて期待しないほうがいいかも」
「そんなの分かんないでしょ。次こそヒット作になるかもしれないし、ノウハウとかそういうのを活かして——」
「最近は色々とシビアなのよ。売上がたたなかったら続編なんて作られない。ううん、それだけじゃなくて」
「それだけじゃなく、なに……?」
「消されちゃうかもね、私たち。この世界ごと。膨大で、黒歴史とも言えるデータなんて、残しておく価値もないだろうから」
「えっ……!」
ライザの声は周囲にも伝わってしまった。よりにもよって『削除』の話題だけが的確に。
付近が騒がしくなる。そして彼らはマリウスに押しかけるなり、悲鳴にも似た声で喚き始めた。
「聞きましたよ、この世界が消されるんですか!?」
「いやだよオレは! 消えたくねぇよ!」
恐怖が暴風のように伝わり、それがさらなる恐怖を煽った。人も魔族も詰めかけては、押し合いになる。
「待ってみんな、落ち着いて! まだ削除と決まったわけじゃ!」
マリウスもなだめようとするが、胸に冷たいものが突き刺さっている。データ削除。何もかもが飲まれゆくイメージがよぎる。人々はもちろん、家屋も大地も全てが、暗闇の渦に飲まれていく光景が。
それを頭から追い出すかのように、マリウスは懸命に声を張り上げた。なだめようとしたが、絶叫に近い響きだ。
「ともかく一度冷静になって! 将棋倒しになったら危ない!」
何を言っても火に油で、恐怖の波はおさまらなかった。
収拾できる手段が何もない——そう思われたときだ。辺りに、耳をつんざくほどの怒声が鳴り響いた。
「うるせぇぞバカども! キィキィ喚くんじゃねぇ!」
その一声で辺りが途端に治まる。誰が吠えたか、マリウスは考えるまでもなかった。おもむろに声の主まで歩み寄っていく。
そこは酒食の並ぶ大テーブルで、1人が堂々と腰掛けていた。正確には、椅子の背もたれによりかかりつつ、両足をテーブルの上に乗せていた。
ゴロツキとしか思えない態度の女——彼女こそ慈愛の女神エルイーザだ。妖艶かつ豊満な肉体を薄布だけで覆い隠す、絶世の美女。しかし美貌よりも、独特すぎる人格面の方が広く知れ渡っていた。
「エルイーザさん。何もそこまで言わなくても。みんなショックを受けているんですよ」
「だからって喚くんじゃねぇ。おちおち酒も飲めねぇよ」
そう答えつつエルイーザは、隣の少年を足蹴にした。少年からは「やめてよ姉さん」と反発されたものの、追加を持って来いと怒鳴り返す。そして追っ払うようにして酒樽へと走らせた。
これが慈愛の女神エルイーザである。
「まったく、デルニーの野郎。弟のくせに使えねぇ」
「エルイーザさん。飲みはいったんお休みして、議論に付き合ってもらえませんか」
「おいおい、こんぐらいの事で? 揃いも揃って通夜みてぇなツラしてやがる。バカどもが、ちっとは頭を使えや」
「そうは言いますが、窮地であるのは否めませんよ」
「テメェも賢者だっつうなら、少しは考えろよ」
マリウスは、口から出かかった言葉を、奥歯で噛み殺した。そしてメガネを指先で押し上げてから、返答した。
「そこまで言うのならエルイーザさん、何か妙案があるのですね?」
「当たり前だろ。必勝の策ってもんがあるだろが」
「具体的でないですね。それはアイディアなし、と解釈してよろしいですね?」
「はぁ〜〜。編集モード」
その言葉が聞こえるなり、マリウスは目を剥いた。
「なんですって?」
「だから編集モードだよ。それで全部解決すんだよ」
「いくらなんでもそれは——」
詰め寄ろうとするマリウスを押しのけて、リーディスが割り込んだ。
「おいエルイーザ。なんだよ今のは!」
「アタシらは決められた通りにしか動けないだろ? シナリオとか、セリフとか、行動範囲とか。泣けちまうくらい制約だらけだ。その通りお行儀良く演じてやったのに、クソだのカスだの言われてんだろ?」
食い入るように見つめるリーディスは、くどいほどに頷いた。
「だがな、編集モードなら話は別だ。好き勝手に動き回れるんだ。ゲーム本編でも制約なんか何もねぇんだわ」
「そんな手段があんのかよ! だったら今すぐやっちまおうぜ!」
吠えるリーディス、周囲の者たちも同調する。そこで異論を唱えたのはマリウスだった。
「ちょっと待ってください、それはダメです! 危険すぎます!」
「なんだよ。画期的な解決法じゃねぇか」
「あのですね。今の発言は、僕たちにシナリオやゲームバランスを『編集しろ』という意味ですよ」
「それでいいじゃん。悪いところを片っ端から変えちまえば」
「誰がやるんですか? シナリオライターでもプログラマーでもない我々の、一体誰が? 辻褄が合う正確な修正を、実現できる人なんているのですか!?」
するとリーディスはマリウスの肩を優しくたたいた。慣れ親しんだ仕草のはずが、マリウスは不思議と怖気に見舞われた。
「お前ならやれるさ、マリウス」
「……はぁ?」
「だって頭いいし、このゲームに何かと詳しいし。きっと出来る!」
「よりにもよって丸投げですか!?」
リーディスだけではない。他のキャラたちもこぞって「やれる」と連呼して止まらない。マリウスの拒絶は、誰の耳にも響かずに、ただ草原の上をすべるだけだった。




