第3話 香奈恵の場合
私は夫と性行為がしたい。
私が子供を産んでから夫は性行為が出来なくなってしまった。
夫に立ち合い出産をお願いしたことが原因だった。
分娩室で私が子供を産む一部始終を目の当たりをした夫の青ざめた顔は今も忘れることが出来ない。
ひどい人だと思った。
いったい誰の子供を産んだと思っているの?
だけどいくら責めても私が泣いても、夫は申し訳なさそうに謝るばかりで一向に性行為をすることが出来なかった。
無理にお願いをしてもダメになるだけで、その度に私は惨めさに打ちのめされた。
出産して体形も変わり、きっと私が女として魅力が無くなってしまったせいだ。
そう自分を責め、私は必死にもがいた。
化粧を変え、体形を戻そうと必死にダイエットをし、いつもなら決して身に着けないであろう派手な下着も買った。
だけど何をやっても夫は応じてくれなかった。
2人目は体外受精でと言われた時は、怒りと悲しみで我を忘れて夫をひっぱたいてしまった。
夫は私の機嫌を取ろうと、家事や育児は率先してやってくれた。
私へのプレゼントもマメだった。
でもね、違うんだよ。
そういうことじゃないんだよ。
私はあなたに女として抱いてもらいたいだけなの。
それがダメなの?
孤独だった。
自尊心も粉々に打ち砕かれた。
とうとう私は自分だけが必死にがんばっている虚しさに押し潰されてしまい、すべてをあきらめた。
寝室も別にし、夫に求めることもしなくなった。
そして満たされない自分を慰めるために、外に癒しを求めた。
マッチングアプリで出会った男性と関係を持つようになった。
自分がそんな女になってしまうことに抵抗はあった。
だけどすべては夫のせいだ。
私は夫への復讐も兼ねて外で出会った健矢という年下の男性と逢瀬を重ねた。
夫はおそらく気付いているだろうが、何も言ってこない。
夫に何も言う資格などはない。
あなたが私を受け入れてくれないせいで私はこんなことをしているのだから。
だけど……おそらく夫は今、ホッとしているのだろう。
妻の相手をしなくて済むようになったと安堵しているのだ。
悔しく、虚しかった。
だから私はほとんど自暴自棄になって健矢に溺れていった。
健矢は一緒にいて居心地の良い相手だった。
私を女性として求めてくれる。
何度でも抱いてくれる。
だけど……それだけの男だった。
私の人生を救ってくれるわけではない。
傷を根本的に癒してくれるわけでもない。
一時的な痛み止めのような存在でしかなかった。
家庭を壊し、子供と一緒に健矢の元へ走る。
そんな価値のある男ではなかった。
そして私と夫の実家にはそれぞれ家業があり、互いに重要なビジネスパートナーだった。
それを壊し、実家の両親や兄弟姉妹、親戚の間に波風を立てる勇気は私には無かった。
だから私は夫と離婚するつもりはない。
夫も私の不倫を言い咎めて離婚しようとは思っていないだろう。
だから私は家庭を維持して子育てをしながら、女としては外で健矢に癒してもらう生活を選んだ。
こんな人生を生きたいわけじゃなかったのに……。
どこで間違ってしまったんだろう。
今日も健矢からの歯の浮くようなメッセージが私のスマホに送られてくる。
そして私は馬鹿みたいに浮かれて、オシャレをして今夜も出かけていくのだ。
急な仕事だとミエミエの嘘を夫に言い残して。
夫は少しだけ悲しそうな笑顔で私を見送る。
それは私に対する罪悪感からだろう。
決して私を惜しんでいるわけではないのだという確信に、私は虚しさを抱えながら今夜も出かけていくのだった。




