第2話 雄一の場合
会社の同僚の家庭が離婚協議に入っているという噂を聞いた。
妻側からのセックスレスに耐えきれず、夫側が離婚を突き付けたという噂だ。
それが本当か嘘かは分からなかったが、俺は身につまされる思いがした。
なぜなら我が家もセックスレスだからだ。
それも俺が妻を拒否してのそれだった。
俺は妻と性行為をしたくない。
よくある話だが……妻の出産に立ち会い、それを目の当たりにして以降、妻と妊娠出産に繋がる行為をしたくないと思うようになってしまった。
我ながら勝手だと思う。
妻は我が子を産んでくれたというのに。
だが、いざ夜の時間を持とうとするとどうしてもダメなのだ。
その度に妻が悲しそうな顔で「またがんばろう?」と言うのを聞くと、こちらのほうが泣きたい気持ちになってくる。
そうしたことが続くと、妻と夜の時間を持つことが怖くなってしまった。
いや、性行為そのものが苦痛で嫌になってしまった。
結婚している身なので当然だが、妻以外の女性ともしたいとは思わない。
だから夜はすっかり早く寝てしまう癖がついた。
妻が見慣れぬ派手な下着を身に着けて俺のベッドに入ってきた時は、心底ウンザリしてしまった。
妻を嫌いになったわけではない。
共に生活する相手としては申し分ないのだ。
だが、夜の生活だけはどうしてもしたくなかった。
2人目が欲しいのならば体外受精にしようと俺が言った時、妻は怒りと悲しみで泣きながら俺の頬を平手で叩いた。
そんな妻の機嫌を出来る限り損ねないために家事や育児は進んでやった。
生活のパートナーとして妻にメリットがあるよう出来る限りのことをしたし、妻へのプレゼントなどもマメにして妻を喜ばせようと思った。
だけどダメだった。
妻は性行為に拘った。
自分の何がダメなのか、他に好きな女が出来たのかと妻はヒステリックに泣くようになった。
その度に出来るだけ丁寧に説明はした。
妻には一切、責任はない。
すべては俺の心身の問題だと。
そうしたことが続いたある日、ハッキリと妻が絶望したのだと分かった。
寝室も別にして、一切誘われなくなった。
そしてそれから半年ほどすると、おそらく妻には外に男性が出来たのだと俺は気が付いた。
どこかウキウキしながらオシャレをして出かけるようになり、スマホを家の中でも手放さなくなった。
俺はそれを責めなかったし、気付かないフリもした。
俺に責める資格はない。
そもそも俺は妻に男が出来たことに対し、自分でも驚くほど焦りや怒りを感じていなかった。
むしろ……ホッとしたのだ。
妻の相手を自分以外の男性がしてくれることで、俺はもう求められることがない。
この肩にかかる重い重圧を別の知らない誰かが肩代わりしてくれたのだ。
そうした安堵を覚えながら俺は同時に後ろめたさも覚えていた。
およそまともな夫の感じることではないし、健全な夫婦関係とはとても言えないだろう。
まだ幼い我が子にも申し訳なかった。
両親がこんなに冷え切った異常な関係だと今は知る由もない。
だがいつかはこの子も成長して気付いてしまうだろう。
自分の両親がすでに愛し合っていないことを。
だからせめて経済的に困らせぬよう、親としての責任は必ず果たすと決めている。
だけど俺に離婚の意思はなかった。
もちろん妻から離婚を求められれば俺に拒否する資格はないことも分かっている。
だけど妻が俺に離婚を求めないことは何となく分かっていた。
俺と妻の実家はそれぞれそれなりの規模で商売をしており、互いにとても重要なビジネスパートナーだった。
そのため俺と妻の結婚は両家にとってWin-Winであり、多くの援助も受けられたために生活は潤っていた。
そうした事情をよく知っている妻もこの生活を壊すつもりはないのだろう。
離婚などと言い出せば妻の実家も困るからだ。
彼女はそういう波風を立てる性格ではない。
離婚はしない。
法律上は夫婦であるし、子育てのパートナーとして、両家のビジネスを繋ぐ存在としてこれからも俺は妻と暮らしていくのだ。
悲しい関係と人は言うかもしれないけれど、これが俺と妻の生き方だった。




