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No SEX No LIFE ~したいと思う自由としたくないと思う自由~  作者: 枕崎 純之助


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第1話 頼子の場合

 私は夫と性行為をしたくない。

 

 子供が生まれるまではそんなことは思わなかった。

 だけど子供が生まれて私は自分でも戸惑うほど劇的に変わった。

 身も心も母となり我が子の生育にかかりきりになったのだ。

 まだ1歳の娘はとにかく手がかかる。

 

 一方、夫は変わらなかった。

 もちろん子供の面倒は見てくれるし家事も最低限とはいえやってくれる。

 だけど私とは決定的に違うなと感じることが多々あった。

 私が母親になったほどには夫は父親になっていないのだ。


 その差に私は苛立《いらだ》った。

 夫は以前と変わらず男のままだった。

 私が疲れていても夜になれば夫婦の行為を求めてきた。

 正直、不快だった。


 私がどんな思いで子を産み、今もこうして幼子《おさなご》を育てているか夫はまるで分かってくれていない。

 夫が求めてくる度《たび》に私は「疲れている」「そういう気分じゃない」と断り続けた。

 夫はそれでもあきらめずに私を求め続ける。

 そんな夫に苛立《いらだ》ち、次第に私は夫に触れられるのも話しかけられるのも嫌になってしまった。


 そうして私は夫に冷たく当たるようになった。

 やがて夫もそんな私を避けるようになり、夫婦仲は次第に冷え込んでいった。

 何て身勝手な人なんだろうと私は夫を責めた。

 私は子供と家庭を守ろうと必死にがんばっているのに、夫はどうしてそれを分かってくれないのかと夜中に何度も泣いた。

 

 こういう話はママ友や昔からの友達、自分の親や姉妹にも相談できずに私は一人で苦しみを抱え込んだ。

 しかしそれも辛くなり、私はインターネットの匿名《とくめい》掲示板で見知らぬ人たちに相談をした。

 だけどそこでは親身に聞いてくれる人もいる一方で、心無い言葉を投げかけられることも少なからずあった。


【夫婦なのに夫を拒《こば》むなんておかしい。夫婦ならするのが当たり前でしょ?】

【夫を傷つけてるって自覚ないの? そんなに冷たくしてると浮気されるよ?】

【セックスレスは離婚理由になるよ。実際それで自分の知り合い夫婦も離婚したし】


 そんな意見を見て私は愕然《がくぜん》とした。

 私はおかしいのだろうか。

 夫婦なのに夫を嫌い、拒《こば》む私は悪い妻なのだろうか。

 そして掲示板には驚《おどろ》くような意見もあった。


【私はもう夫の相手をしたくないし、夜の店で済ませてもらってきてるよ。その方が私も楽だし】

【うちはもう夫婦で互いに男女として見られないから、お互《たが》い納得した上でそれぞれ家庭の外にパートナーを作ってるよ】

 

 そんな意見に衝撃を受け、私はふと考えた。

 夫との性行為をしたくないからと言って他の女性と済ませてきて欲しいと自分は思うのだろうか。


 いや……それは何だか気持ちが悪い。

 それに私は家庭を壊したいわけじゃない。

 ただ夫と娘と穏《おだ》やかに暮らしたいだけだ。

 他人に家庭を壊される危険は冒《おか》したくない。

 

 そして私自身、夫と行為をしたくないからといって他の男性としたいなんてこれっぽっちも思わない。

 考えただけで嫌悪感で鳥肌が立った。


「気持ち悪い……」


 怖くなり、私はすぐにインターネットを見るのをやめた。

 そんなある日、幼い足取りで歩く娘を連れて私は近所の遊歩道に散歩に出た。

 娘から目を離さないようにしていると遊歩道の向こう側から、娘と同じくらいの年の男児を連れた夫婦が歩いてくるのが見える。

 その夫婦はとても仲睦(むつ)まじく、やんちゃな男の子が転ばないよう両側から手を握ってあげていた。


(ああ……いいな。私もああいう夫婦になりたいだけなのに……)


 夫婦とすれ違い、会釈《えしゃく》を交わす。

 子供同士も互《たが》いに視線を交わしつつ、すれ違っていく。

 後方に遠ざかっていく夫婦の会話は子供のために買ってあげたいものの話に終始していた。

 互《たが》いに意見を述べ合い、協力して家庭のために良い方法を探していく建設的な会話だった。


 そうだ……話し合いだ。

 私はそれを避けてきた。

 衝突するのが嫌で、性行為にこだわる夫の意見を聞きたくなくて、話し合うことから逃げてきたんだ。

 でもそうやって逃げていても、こうして息苦しい時間が続くだけ。

 このままでいるのは嫌だった。

 今夜、夫が帰ってきたら話し合おう。


 私はそう決めた。

 夫に分かってもらえるかどうか分からないけれど、ちゃんと話し合って私がどうして性行為が嫌なのか、それを伝えよう。

 そう思い、私は娘を連れて家路に就《つ》いた。


 だけど……夫はその日、家に帰ってこなかった。

 代わりに夫から一通のメッセージが私のスマホに届いた。


【もう帰らない。実家に戻ります。ポストに封筒を入れておいたから】


 私は訳が分からず、パニックになりながら夫に電話をした。

 しかし夫は電話にもメッセージにも応じない。

 そして家のポストには夫がおそらく朝、通勤で家を出る際に入れておいたのであろう封筒が入っていた。

 

 その封筒の中には夫の名前が記入された離婚届が収められていたのだった。

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