八 レポート
―サークル棟三三一号室―
「さて、俺はここで期末試験レポートを書きまとめたいと思う」黒木は、鉛筆を手に取り、じっくりと丹念に筆圧をかけながら、私見をまとめていった。
“トーキーホールディングス社の有価証券報告書にみる連結子会社の範囲と同社の今般における社会的責任について”
――トーキーホールディングスグループ全体の今後の成長可能性を論じるに当たり、会計学科、黒木、銀杏の両名は標題のテーマを設定し、以下のとおり、見解をまとめたので、報告する。
はじめに、見解を述べるに当たっての事実を整理する。
第一に、同グループにおける昭和56年度決算で連結されていた16社のうち、昭和57年度決算の書類では、『ホッカイアセットコミュニティ』、『北東マネジメントグループ』、『新緑の春』、『新道アセットマネジメント』の4社が連結から外れていることがわかった。
第二に、上記の『新緑の春』については直近三か年で債務が増加しており、その債務の約八十七.〇%が『東星コンサルティング』ほか関連会社に対する債務であることがわかった。なお、同社は本学OBが代表をしている教育コンサルティング会社であり、本学へ多額の寄付を行っていることが本学学報「寄付金一覧」からも確認できる。
第三に、上記『新緑の春』は、奨学金事業を行っており、本学学生の一部も当該奨学金が支給されているものの、同奨学金の支給が打ち切られることとなった。なお、本奨学金は、その支給要件として奉仕活動への参加を義務付けており、その奉仕活動は、決まって水曜日に「金ベルトの腕時計を着用の上で、地下鉄の車内でアルファベットが記載されたメモ紙を男から受け取り、奉仕活動後は、中央通駅構内暗証番号式コインロッカーに受け取ったメモ紙とともに腕時計を返却する」という極めて奇怪なものであったことが奨学生の口述から明らかとなっている。
第四に、トーキーホールディングス社については、以下の疑惑が国会の委員会中継や一部報道でも取り上げられている。
・トーキーホールディングス社は、多額の政治献金を海山恭二衆議院議員事務所あてに行っているものの、その一部が政治資金報告書に記載されておらず、その資金を賄賂として、海山代議士が本件、支配力基準の採否について便宜を図っている。
・またかつて、麻薬取締部が、海山代議士が政治献金を受けているそのトーキーホールディングス社の関連会社で医療用大麻を扱うシンクタンク『新緑の春』を麻薬取締法違反の容疑で内定捜査していたものの、海山代議士から厚生省幹部への圧力によって、捜査が打ち切られた。
・なお、『新緑の春』については医療用大麻を、何らかの方法で一般人や黒い方面に売買していたとの嫌疑がかかっていた。
以上の事実から、以下見解を述べる。
第一に、『新緑の春』はトーキーホールディングス社の資金移動のためのペーパーカンパニーないし、グループ全体の債務の受け皿となっているものと推察される。すなわち、トーキーホールディングス社は、グループ全体の損益状況を実際よりよく見せる動機から、『新緑の春』を連結子会社から意図的な持株操作によって、除外したものと考えられる。そのために同社は、多額の政治献金を通じて海山恭二衆議院議員に働きかけ、子会社の範囲を決定する現行の持株基準から支配力基準への移行を阻止する動機があった。というのは、支配力基準に移行すると、事実上の支配関係から『新緑の春』を連結子会社に含める必要があり、それが大幅にグループ全体の損益状況を悪化に導くためである。また、『東星コンサルティング』から本学への寄付金は、賄賂とまでは言えないまでも、細田教授をはじめ我が国の会計政策に影響力のある会計学者を多く有する本学に対する牽制であったと推察される。
第二に、『新緑の春』は医療用大麻を、奨学金支給に係る奉仕活動を通じて、学生を利用し、違法に売却していた。すなわち、言葉を選ばずに言えば、奨学金を餌として、不特定多数の学生を麻薬取引の仲介者に仕立て上げることで、資金や麻薬の具体的流通経路を特定しにくくしたものとされ、取引単位にアルファベット=ローマ数字を利用したのは、当該学生自身が麻薬取引に関わっていることに気づかないようにするための工夫と推察される。
結論。
トーキーホールディングスグループは、企業グループ成長の根幹となる同グループの社会的責任が今後厳しく追及されるとともに、一定の社会的・法的制裁が与えられることが予想されることから、成長可能性は著しく低いものと結論付ける。
以上――。
「十分だ。さすがだね」僕はたいそう立派なレポートだと思ったが、黒木にとっては腑に落ちない部分があったのだ。
「レポートの内容に直接的にかかわるものではないが、気になることが二点ある」
「っていうのは?」僕は訊いた。
「なぜ、『新緑の春』は奨学金を中止する必要があったのだろうか。そして、なぜ奉仕活動が水曜日だったのか?その部分はいくら考えても理解できない」
黒木はレポートを封に入れて、「教授が来週帰ってきたら、提出しよう。君も行くね?」
「もちろん」僕と黒木は教授の東京からの帰りを待った。




