三 操作の疑義
―北城商科大学サークル棟“三三一号室”―
あれから一週間が経ち、僕と黒木は、サークル棟の部室で黒木がかき集めてきた『新緑の春』の財務書類を机の上に広げ、丹念に各財務項目の経年比較を進めていた。
僕が本物の財務書類を読み取るのに苦戦していた一方、黒木は数字や文言を一つ一つ人差し指でなぞりながら、『新緑の春』の財務状況を頭の中で忠実に描写しているようだった。
「『新緑の春』の債務が随分と増えているな。ここ二、三年で激増している。そのほとんどが関連会社に対する債務だ。債務の概況は…」と書類を探しはじめたので、僕は「これかな」と目の前にあった『債務の概況』という表題のそれらしき書類を手に取り、
「この『債務の概況』に『債務のうち、約八十七.〇%は『東星コンサルティング』ほか関連会社に対する債務である』って書いてあるよ」
黒木は少し驚いた様子で「『東星コンサルティング』?それはたしかうちの大学のOBが代表をしている教育コンサルティング会社だ。学報の寄付金一覧にもこの名前があった記憶がある」
「じゃあちょっと今の状況を整理させてもらうと…」
僕は、マーカーを手に取り、部室のホワイトボードを使いながら、
「つまり、『トーキーホールディングス』のグループ会社である『新緑の春』は、同じくグループ会社の『東星コンサルティング』に多額の借金があった。その債務の影響で、奨学金事業が継続困難になり、公募した奨学生に対する奨学金の支給を打ち切って、解散。奨学金を受けて大学に通っていた学生は、退学を余儀なくされた。そういうことだろうか」
「うん。しかし、それはどうだろうか。こうも考えられる」
黒木は僕の手にしていたホワイトボードマーカーを手に取って、
「『新緑の春』は、持株比率の減少で、『トーキーホールディングス』の連結子会社から外れているが、グループ全体の損益状況をよく見せるために、関連会社群の債務を『新緑の春』に集約させたうえで、『トーキーホールディングス』が『新緑の春』の保有株式を売却し、意図的に連結子会社から外したということも考えられる」
「なるほど、因果関係の逆転の発想か」と僕が感心していると、
「それと、君はさっき『解散』と言ったが、『新緑の春』はまだちゃんと存在している」そう言って、『トーキーホールディングス』の有価証券報告書の『関連会社等の概況』と記載された頁を開き、
「このとおりね」
そこにはたしかに『新緑の春』の名があった。
「ほんとだ。しかしいったいどうなっているんだ」僕がそう言うと、
「いわゆる実態のない“ペーパーカンパニー”かもしれない。そう考えると、奨学金を支給していたのが、ほんとうに『新緑の春』なのかというのも疑わしくなってくる」
黒木はさらに言葉を続けた。
「そもそもこの『新緑の春』はどういう要件で奨学金を募集して奨学金を支給していたんだ?」
「それはね、これだよ」僕は『新緑の春』の奨学生募集チラシを手渡して、
「成績要件がない代わりに、年数回の奉仕活動の提供を要件としていたようだよ」
「で、その奉仕活動というのは?」
「詳しくはまったく…」
「何だ、そこか肝心じゃないか」黒木はため息をついた。
それから、僕と黒木は、文芸サークル仲間の紹介で『新緑の春』の奨学金を受けていた退学予定の学生、藤島みどりから奉仕活動の内容を詳しく聞き取ることにしたのである。




