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二 連結基準論争


―国会議事堂、衆議院財務金融委員会“政府委員控室”―


 小生が北城商科大学の学生だった昭和30年代、我が国では、戦後の民主化への期待を背景として激しい学生運動が盛んに行われていた。今現在、小生が受け持つ平和ぼけした学生と同じ属性の若者として整理されるのは甚だ疑問が生じるほど、当時の若者は、「戦後の我が国をどう再建していくか」というテーマに、真剣に向き合っていたのである。

 かくいう小生も、「会計研究会」という看板で平凡なサークル活動を装いながら、精鋭の有志を募り、政治運動を行う学生団体「コンテンラーメン同盟」を組織したのであった。

 コンテンラーメン(Kontenrahmen)は、ドイツ語で、勘定組織を意味する術語で、当時、我々が師事した原価計算論の指導教官の研究分野でもあったことから、面白おかしくゼミの同志とともにその術語を組織名として掲げたのである。

 そしてその同志というのが、現在、大蔵族として財務金融委員会の筆頭理事に名を連ねる衆議院議員の海山恭二代議士である。彼にとって小生は、学生時代に、企業会計原則の精神を反映した商法改正を強く要望する学生運動に奔走していた戦友であることもあって、会計学者となった小生を、会計基準策定に係る政府のワーキンググループや委員会質疑の政府参考人としてしばしば起用してくれる。もちろん、この度の招聘もまた、委員会質疑に当たっての学識経験者として意見陳述を仰せつかったことによるものである。

 小生は、新千歳空港から羽田空港へと飛び立ち、永田町まで足を運んだ。衆議院受付を通り、第2委員会室横の政府委員控室の扉を開くと、そこにはすでに緋色のソファに深く腰掛ける大蔵官僚たちの姿があった。局長クラスから局次長クラスまでそうそうたる顔ぶれが勢ぞろいのなか、顔なじみの官房審議官、山上が小生を出迎えてくれた。

「これはこれは細田先生、東京までわざわざお越しいただきまして。こちらへどうぞ。海山先生が細田先生に御挨拶に伺うと聞いておりますので」と、海山が座るであろう席の隣へと案内された。

 北海道からの旅の疲れを癒そうと、束の間の休憩時間に深くソファに腰掛けるやいなや「しかし、細田先生。今回の案件もだいぶ海山先生と全国経済友和連合会のずぶずぶの関係で、我々官僚には圧がかかっていましてね。連結会計の支配力基準の導入には、先生からも中継を通してテレビの向こうの国民へ向けてストップを提唱いただくことになろうかと思いますので、くれぐれもお手柔らかにお願いします」

「そんなことはね、山上君に言われなくとも、理解しているつもりだよ。わざわざそのために海山は、北海道から私のような三流会計学者を呼びつけているのだろうからね」

 我が国では、連結財務諸表制度が昭和50年6月に公表された「連結財務諸表の制度化に関する意見書」に基づき導入されるとともに、昭和51年10月に「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」が大蔵省令として定められた。それからおよそ8年が経過しようとする今、我が国の連結財務諸表制度は過渡期にある。

「そんなこと言わないでくださいよ細田先生。先生は海山先生にとって唯一の会計政策のブレーンなんですから」

「ブレーンと言ってもね。私は、むしろ学者としては支配力基準の提唱者だ。それを意に反してだね、戦友の政治のために、捻じ曲げているのだよ」

 我が国では、親会社がその会社の株式のうち、どれくらいの割合の株式を保有しているかで子会社の範囲を判定する「持株基準」を採用しているが、今般、株式保有率の操作で恣意的に赤字体質の子会社を連結から外す会計操作が後を絶たないことから、実質的にその会社の経営を支配しうる状況にあるか否かで子会社の範囲を判断する「支配力基準」の導入に向けて委員会質疑が進められていた。

 国内の大企業経営者が役員として名を連ねる「全国経済友和連合会」の加盟企業から多額の政治献金を受けている海山は、「自由な会計自治と会計事務の負担軽減」の理念を掲げる同連合会の要請を受け、今まで連結する必要がなかった、いや意図的に連結外ししていた赤字体質の会社まで連結を強いられるおそれのある「支配力基準」の導入に断固反対の姿勢を取り、学識経験者として自分の意のままに操れる小生を参考人招致したのである。

「またまた先生、御冗談を」

「君、これが冗談に聞こえるかね?」

 山上との談笑後、小生はしばらく目をつぶっていたが、それから間もなくして「海山先生がお見えになります!」という議会事務局スタッフの声が控室に響き渡った。議事堂内に敷かれる厚い絨毯の上を革靴で重く圧をかけて歩く音が一歩一歩と控室に近づき、扉の前で止まると、控室内の官僚ともども、一斉に立ち上がり、海山の入室を待ち構えた。

 重いドアが開くと「ご苦労だね」と海山が官僚たちに手をあげ、「おぉ、細田!遠方から悪いな。今回もよろしく頼むよ。支配力基準の導入は、断固阻止せねばならない。私の政治生命がかかっているからね」

「そのようだね。私も応援させてもらうよ」

 小生の覇気のない返事を聞いていたのかどうかわからなかったが、彼の目は覚醒しているかのごとくギラついており、自信に満ちた様子がうかがえた。


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