第94黒 盤上の侵入者
――聖灰教団本部地下区画。
壁面を走る魔導管、遠くから響く巨大機構の駆動音。
その内部を、リィナ達は静かに進んでいた。
「……妙ですねぇ」
先行していたシルフィが、小さく呟く。
影から半身だけ現し、周囲を見回す。
「警備が薄いです」
リディアが眉を寄せる。
「罠でしょうか?」
シルフィは首を傾げる。
「どうでしょかねぇ…それにほら…」
指を指すその遠方に巡回する魔導機械兵が見えた。
「ちゃんと巡回もしてますし、結界も通常稼働しています。」
「だからこそ気味が悪いわね。
この規模の本部にしては、反応が鈍い」
ヴェルミナが壁面の術式を指でなぞる。
ゼルヴァが鼻を鳴らす。
「夜襲を想定してねぇだけだろ」
「……そうなら良いんだけどね…」
ヴェルミナの目は細い。
「ビションは“読み”を外さないタイプ。だからこそ、正面警戒を厚くしてる」
リィナが静かに話す。
その言葉に全員の視線が向く。
「私達が来ることは想定済み。でも侵入経路までは絞れない」
冷静に分析する。
「だから本命はおそらく上層、それに正面。転移侵入…
そっちに戦力を寄せてるはずよ」
ゼルヴァが頷く。
「ならば、この地下経路はやつらにとっては穴というわけだな…」
「ええ、ビションの守りは強力だけどそれでも全てをカバーできるわけじゃない。」
だがその言葉にも、油断はなかった。
「でも、それは彼にも分かってる筈。他にも何か仕組んでいるかもしれない。
だからこそ、こちらも慎重に進むわ」
リディアが剣に触れる。
「……了解です」
そのまま、一行はさらに奥へ進む。
――地下第三層
ここは旧搬送路として使われていた場所。
だが現在は長年使われていない区域らしく、埃も積もっている。
「ここは長く人の手が入っていないようだな…」
「まだ教団側も把握しきれてない経路って事ですねぇ…
これは運が良かったですねぇ」
シルフィが軽く笑う。
その時――
ゴウン……。
低い振動と共にほんの僅かに、床が揺れ、全員が止まる。
「……今のは?」
リディアが周囲を見る。
「魔導炉の稼働音だ。この都市じゃ珍しくない。」
カイゼルが壁に触れる。
「何だ…紛らわしい街だな」
ゼルヴァが鼻を鳴らす。
だが、リィナだけは僅かに目を細めていた。
「……」
僅かな違和感を感じる。
しかし、正体までは掴めない。
そして、その違和感こそ――
ビションが仕込んだ“盤面”だった。
一方その頃、聖灰教団本部監視室。
巨大な光術式が、都市全域を映し出している。
その中央でビション=ヴァルテスは静かに立っていた。
穏やかな微笑みを浮かべ、
背後では複数の術者達が、都市管理術式を操作している。
「第三区画、地下搬送路への流れを確認。」
淡々と報告が飛ぶ。
「人数は6名。」
ビションは静かに頷いた。
「予定通りですね。」
隣の聖騎士が問う。
「……地下経路の存在は漏洩していたのですか?」
「いいえ、わざと漏らしたのですよ。」
ビションは微笑む。
「彼女達なら必ず“最適解”を選ぶ。
それならば、最適解そのものを、こちらが用意すれば良いのです。」
それがビションの戦い方、
怪しまれないように、敵自身に“選ばせる”。
そして選んだ瞬間にもう手遅れ、すでに罠は完成している。
「リィナ…やはり、あなたは期待を裏切りませんね」
ビジョンが静かに笑う。
――地下最深部直前。
リィナ達は、巨大昇降機跡へ辿り着いていた。
上へ続く縦穴、ここを抜ければ、本部内部。
「ここを抜ければ、一気に教団中枢。警備反応も少ない。チャンスですねぇ」
シルフィが囁く。
「……想像以上に上手く進めているのが、怖いくらいですね。」
リディアが息を吐く。
その瞬間、カチリと微かな音。
リィナの瞳が、細まる。
「――っ」
だが、気付いた時には遅い。
ドォォォンッ!!
都市全域を震わせる轟音と共に上空へ向かって、無数の光柱が走る。
「なにが起こってるの……!?」
ヴェルミナが顔を上げる。
巨大な光の壁が、都市全体を包み込む黄金色の結界。
空間そのものを閉鎖する超広域術式。
「これは《聖域封鎖結界》……!」
リィナの表情が変わる。
「転移阻害!?それに位相固定まで……!」
ヴェルミナが焦りの表情を浮かべる。
「こっちもっ…駄目そうです。やられましたねぇ……!」
シルフィの影移動までも遮断されている。
「まさか……最初から……!」
リディアが剣を抜く。
その時、上空に光が灯る。
空間投影の術式、そこに映し出されたのは――ビション=ヴァルテス。
「ようこそ、聖灰教団本部へ」
「……ビション」
リィナが睨む。
「旧搬送路。最短ルートからの中枢強襲」
ビションは柔らかく微笑む。
「実に合理的でしたよ」
その言葉に、リィナは理解する。
「……誘導されたってわけね。」
ビションは頷いた。
「ええ、あなたなら必ず最適解を選ぶ。
どうですか?私の用意した最適解は…実に見事だったでしょう?」
ゾワリ、と空気が変わり、通路各所で光術式が起動する。
封鎖壁に魔導砲台。
さらに――無数の足音が近づき、
駆け付けた教団兵と魔導機械兵がリィナ達を完全に包囲する。
「これが……聖灰教団の戦力というわけですか……」
リディアが息を呑む。
「盤面は完成しました」
ビションは静かに告げ、その瞳が真っ直ぐリィナを見つめる。
「さあ。ここからは――詰みのお時間です」




