第84黒 反転開始 ――狩られる側から狩る側へ
遺跡の深部。
崩れた石柱の影、湿った空、微かに漂う鉄の匂い。
「……っ、離しなさい!!」
ミラの身体が、見えない力に引きずり出される。
空間の“裏側”から、糸に絡め取られたように。
「やっと捕まえた」
背後から、落ち着いた声。
「……っ!」
振り向いた瞬間――
そこに、ヴェルミナ。
指先から伸びる黒い呪詛が、ミラの四肢に絡みついている。
「っ……どうやって……! この位相、完全に切ってたはず……!」
ミラの瞳が揺れる。焦りが、ほんのわずかに滲む。
ヴェルミナは肩をすくめる。
「簡単よ」
一歩、近づく。
「逃げ方が雑になってたもの」
足元に、円が重なる。
幾重にも描かれた魔法陣が、静かに回転を始める。
「そんな……嘘……!」
「嘘じゃないわ」
指を軽く弾く。
ギチ、と空間が締まる音。
呪詛が一段、強く食い込む。
「くっ……!」
ミラの宝石が一斉に輝く。
「なら――押し切るわッ!」
魔力が増幅され、光が弾ける。
拘束を弾き飛ばすための暴力的な出力。
だが――
「無駄」
一言。
ヴェルミナの瞳が、すっと冷える。
「ここ、私の“射程内”だから」
その瞬間、魔法陣が反応する。
増幅された魔力ごと、呪詛が“噛み砕く”。
「なっ……!?」
ミラの動きが止まる。
「……く、ふざけないで……!」
睨みつけるミラに対してヴェルミナは、静かに笑う。
「あなたが、全部の元凶ね?」
「……はっ、だったら何よ?」
ミラが吐き捨てる。
「捕まえたくらいで、勝った気でいるの?」
一歩。
ヴェルミナが距離を詰める。
「勿論、それぐらいで許すわけないじゃない。」
その笑みが、わずかに歪む。
「これから壊すのよ。」
声は穏やか。
だが、その奥にあるのは――確かな狂気。
「あなたの結界も、計算も、余裕も……全部」
ミラの背後で、空間が軋む。
戦場の“土台”が揺らぎ始めていた。
高所。崩れかけた塔の最上部。
マリオン=ルミナが、無言で立っていた。
「……誤差、修正完了」
淡々とした声。
指先で魔導銃の側面をなぞる。
「再計算」
スコープの先には、リィナとリディア。
距離。高度差。魔力の揺らぎ。
すべてが、数値として並ぶ。
「介入者確認――不確定要素、減少」
呼吸すら、計算の一部。
「次は、外さない」
銃口が、わずかに傾き足元に、小さな魔法陣。
「《位相偏差弾》――装填」
引き金。
――パンッ!!
乾いた音が、空気を裂く。
だがそれは銃声ではない。
“死の到達点”の宣言。
「来るぞ!」
リディアが即座に反応する。
一歩、踏み込みリィナの前へ。
「前は私が引き受けます!」
「任せるわ」
短い応答。
黒い魔力が、リディアの周囲に展開する。
≪闇の盾!!≫
半透明の障壁。
その直後――
ギィンッ!!
直撃、衝撃が全身を叩く。
「……っ、重い……!」
腕が軋む。
魔力を圧縮した貫通弾。
ただの防御では足りない。
足を踏み込む、床が砕ける。
「だが……通さない!!」
弾丸が、軌道を逸らされる。
その背後でリィナが、静かに前へ出る。
「……位置を、捉えた」
リィナの瞳が、赤く光る。
≪黒百合斬≫
踏み込み、斬撃。
だが距離は遠い。
届かない筈――だが。
バシュッ!!
斬撃が空間を裂き魔力の流れが“露出”する。
「……見えた、そこね」
リィナが呟く。
上空。歪んだ空間の中に、微かな“影”。
「……解析完了」
マリオンの視線が、わずかに動く。
「なるほど、斬撃による魔力逆探知ですか。」
一切の動揺なし。
「ですが、問題ありません」
次弾装填。
魔導銃の構造がわずかに展開する。
「弾種変更…」
冷たい声。
《遅延屈折弾》
照準固定。
――パンッ!!パンッ!!
「二発、来ます!」
リディアが叫ぶ。
一発目――正面。
再び盾で受ける。
ギィンッ!!
「くっ……!」
二発目――見えない。
「……もう一発はどこにいった――!」
だが、軌道が読めない。
一瞬の迷い――
その時。
「待ちなさい!」
リィナの声。
「動けば、誘導されるわ」
「……!」
リディアが止まる。
「……でも、どうします?」
「…引きずり下ろす」
リィナが剣を構え、魔力が収束する。
≪黒龍断閃!!≫
振り抜く。
――ドォンッ!!
黒い斬撃が、一直線に上空へ。
瓦礫を巻き込み、塔へと迫る。
マリオンは動かず、ただ照準を微調整。
「迎撃します」
魔法陣が重なる。
《分裂魔弾》
――パンッパンッパンッ!!
弾丸が分裂し、黒龍斬撃に命中。
空中で――
爆ぜる。
「……破壊確認」
だが――
煙が広がり、視界が、覆われる。
「……?」
マリオンの瞳が、わずかに細まる。
「これは……?」
その一瞬。
“計算にない空白”。




