第80黒 逃れられぬ檻
遺跡の奥 ―― 魔法陣中枢
崩れ落ちた天井に折れた石柱。
かつて神殿だったであろう空間は、今や“形を保っているだけの残骸”。
だが――
その中心だけが、異様なまでに“整っていた”。
幾重にも重なった魔法陣。
円の中に円、そのさらに内側に刻まれた紋様。
古代文字と幾何学が絡み合い、まる傷跡”のように広がっている。
淡い光が、ゆっくりと脈打つ。
ドクン――
まるでこの遺跡そのものが、生きているかのように。
その中心に――
ミラ=ソルティスは立っていた。
「……ふふ」
小さく、喉を鳴らすような笑み。
首を傾げると、長い髪がさらりと流れ、瞳は愉悦に細められていた。
「思ったより粘るのね」
右手を軽く上げる。
指先に嵌められた宝石が、淡く瞬いた。
目の前の空間に、鏡のような“面”が浮かび上がる。
それはただの映像ではない。
歪んだ位相を通して覗き込む、“別の場所”。
そこに映っているのは――リィナ。
傷を負いながらも、なお立ち続ける姿。
ミラは、その姿を見下ろすように微笑む。
「でもそうでなければ面白くないもの……」
ゆっくりと、指で鏡の表面をなぞる。
「特に――」
ほんのわずかに、声の温度が下がる。
「モナーク様に色目を遣うような女なんて、ね」
その言葉には、明確な棘があった。
嫉妬、執着。
そして、歪んだ敬愛。
足元の魔法陣が、強く脈打つ。
それに呼応するように――
空間が、軋む。
ミラは、すっと人差し指を立てた。
「近接もできない」
軽く振る。
遠くのどこかで、空間が“折れる”。
「連携もできない」
もう一度。
別の位相が“閉じる”。
「助けも呼べない」
三度目。
逃げ道が、静かに消える。
ひとつひとつ、丁寧に。
逃げ場を潰していくように。
「それでも足掻く姿が――」
口元が歪む。
「本当に無様で、最高に楽しいわ」
宝石が、今度は強く光る。
「さあ、もっと足掻きなさい」
その声が落ちた瞬間。
空気が――沈む。
重力が一段階増したような圧迫感。
肺の奥に、見えない手を突っ込まれたかのような不快な重さ。
「足搔いて、足搔いて……」
ミラは、ゆっくりと手を閉じる。
握り潰すように。
「最後に、その心を折って――」
魔法陣が低く唸る。
「その亡骸を、モナーク様に献上してあげるわ」
瞳が細く歪む。
そして――
「ふふ…絶望ってね…」
囁くように呟く。
やさしく、残酷に。
指を、ゆっくりと握ると空間が収縮する。
目には見えない圧が、遺跡全体を押し潰すように広がる。
「最初から与えられるより――
希望があった方が、よく壊れるのよ」
にたり、と笑う。
その笑みは、美しく――
だからこそ、悪質だ。
「さあ、もっと見せてちょうだい」
鏡の中のリィナへ。
いや――
この場にいるすべてへ。
「あなた達の“限界”を、その絶望も――」
冷たく、澄み切った声が響く。
「全部、モナーク様に捧げてあげるわ」




