第77黒 静寂に潜む歪み
巡礼遺跡ラグナ・セクト入口
崩れた石柱は、まるで骨のように地面から突き出していた。
白かったはずの石は、風雨と年月に削られ、くすんだ灰色に変色している。
その表面には巡礼者が刻んだであろう祈りの痕――
更に半ば地中に沈んだ門。
かつては荘厳だったであろうアーチは、片側が崩れ落ち、歪んだまま固まっている。
門の向こうは暗く、風が吹くがその音は途中で途切れる。
まるで、ここだけが世界から切り離されているかのように。
「……ここだ」
エリアスの声は、かすれていた。
震える指が、遺跡の奥を指す。
その先――崩落によって生まれた黒い裂け目。
「この先に……崩落した区域があるんだ……」
言葉のたびに、呼吸が乱れる。
胸が上下するたび、服に滲んだ血がわずかに広がる。
今にも倒れそうな体。
リィナは何も言わず、視線だけを巡らせる。
崩れた外壁、傾いた柱は今にも倒れそうな角度で静止している。
「……確かに、新しい崩落ね」
ヴェルミナがしゃがみ込み、地面に手を触れる。
指先で土を擦る。
湿り具合。粒の粗さ。崩れ方。
そのまま、目を細めた。
「でも――自然、崩落にしては少しだけ妙ね……」
「妙とは?」
カイゼルが興味なさげに返す。
「何と言うか、崩れ方が均一すぎるのよ」
「普通なら、もっと不規則になる。
まるで……“意図的に崩された”みたいに見えるわ」
シルフィが影から現れる。周囲を確認していたようだ。
「……辺りには人の気配はありませんでしたぁ」
だが、次の言葉は少しだけ重かった。
「でも、“何も無さすぎる”のも不自然に感じますね」
カイゼルが鼻で笑う。
「どうする、やはり引き返すか?罠の可能性もあるぞ?」
リィナが振り返る。
その瞳は静かだった。
「……行くわ」
一拍。
「放ってはおけない」
カイゼルは肩をすくめる。
「ふん……相変わらずだな」
だが、止めはしない。
「恩に着る…。何と感謝したらいいか…」
エリアスが頭を下げる。
「あなたは、ここで待っていて。その傷では動けないでしょう?」
リディアの言葉にエリアスは苦く笑う。
「……ああ……すまない……」
膝が折れる。
壁に手をつき、そのまま崩れるように座り込み、息を整えながら顔を上げる。
「仲間を……頼む……」
その言葉には、嘘がなかった。
少なくとも――“助けを求める感情”は本物だ。
リィナは短く頷く。
「任せなさい。皆、行くわよ」
リディアが前へ出る。
「私が先行します。」
ゼルヴァが肩を鳴らす。
「フン。崩れるなら、その前に壊してやる」
「やめなさい」
ヴェルミナが即座に突っ込む。
「二次崩落したら本末転倒よ」
シルフィがくすくすと笑う。
「でも、ちょっと見てみたい気もしますねぇ」
「冗談を言ってる場合ではありませんよ。」
リディアが即答する。
ほんのわずかな軽口を言いながらリィナ達は――遺跡内部へ。
――遺跡内部
遺跡に入ると空気が変わる。
外の湿った空気とは違う、冷たい“底”のような感触。
肺に入るたび、わずかに重い。
遺跡の通路は半壊しており、天井は崩れ、石塊が道を塞ぐ。
床はひび割れ、場所によっては沈み込んでいる。
だが――
進めないほどではない。
「皆さん、足元に気を付けて下さい。」
リディアが前に出る。
「ふふ……こういう場所、嫌いじゃないですねぇ」
シルフィが笑う。その声は、妙に楽しげだ。
ゼルヴァが鼻を鳴らす。
「確かにな。ゆっくり眠れそうだ」
「縁起でもないこと言わないで」
ヴェルミナが呆れる。
「でも、ゆっくりしてる暇はないわよ」
その時――
「……誰か……!」
奥からかすれた声。
「生存者よ」
躊躇はない。
瓦礫を越え、進む。崩れた柱の影。
そこに――
若い女性が倒れていた。
薄汚れた学者風の服。
腕には調査器具の革ベルト。
足が瓦礫に挟まれている。
血が滲み、動けない状態。
「……た、助けて……」
かすれた声。
だが、確かに生きている。
リディアが即座に動く。
「今、助けます!」
瓦礫に手をかける。
石が、ゆっくりと持ち上がる。
「っ……!」
女性が顔を歪める。
ヴェルミナが手をかざす。
「少し我慢しなさい」
淡い光、が流れ込み痛みが和らぐ。
「……ありがとう……」
女性の呼吸が落ち着く。
リィナが膝をつき、視線を合わせる。
「他に生存者は?」
女性は震える指で奥を指す。
「……奥に……まだ……数人いる筈です……」
その指先、暗がりの向こう。
“何かがある”
その瞬間――
カイゼルが、ふと眉をひそめる。
「……妙だな」
低く。
「何が?」
カイゼルは周囲を見渡す。
「さっきから、静かすぎる」
ヴェルミナも気づく。
「……確かにね。普通なら、どこかで石が落ちる音や……
空気の流れがあるはず」
シルフィの瞳が細くなる。
「……影の動きにも違和感がありますねぇ」
その言葉と同時に。
リィナの背筋を、冷たいものが走る。
――気づくのが遅れた。
「――皆、下がれ!!」




