第76黒 救いを求める声、その裏で
木々がざわめく。
風は湿り、どこか土の匂いが強い。
森の奥――
そこには、不自然な“静寂”があった。
「……少し止まってくださいねぇ」
シルフィが小さく手を上げる。
その瞳は、周囲の“違和感”を舐めるように追っている。
「風の流れが変ですよぉ……」
ヴェルミナが目を細める。
「魔力も……濁ってるわね。自然の流れじゃない」
その先に見えるのは――
半ば崩れかけた石造遺跡。
苔に覆われ、長い年月に削られた白い柱。
地面には、巡礼者がかつて通ったであろう石畳の名残。
だが――
中央部が大きく陥没している。
まるで、大地が“口を開けた”かのように。
「……ラグナ・セクト遺跡、だな。
巡礼地としては廃れているはずだが……」
カイゼルが低く呟く。
「崩落の跡が新しいな。土がまだ死んでいない」
ゼルヴァが鼻を鳴らす。
その言葉の通り、崩れた石の断面は乾ききっておらず、
瓦礫の隙間からは、まだ細かい砂が落ち続けている。
その時――
「……っ、誰か……!」
かすれた声。
全員の視線が、一斉に向く。
木々の間から、よろめきながら現れる男。
衣服は土と血にまみれ、呼吸は荒い。
「助けてくれ……っ」
膝から崩れ落ちる。
リディアが一歩前に出る。
「あなた、何者です?」
男は顔を上げる。
「アウレリウス調査班の……エリアス=ローデンだ……」
息が途切れ途切れになる。
「遺跡の……内部調査中に……突然、崩落が……!」
ヴェルミナが即座に反応する。
「……崩落?珍しいわね」
エリアスは首を振る。
「原因は……分からない……突然、床が……落ちて……!」
その瞳に浮かぶのは――
恐怖と焦燥。演技には見えない。
「仲間は……?」
リィナが静かに問う。
エリアスの顔が歪む。
「それがまだ……中に……!
数人は閉じ込められてる……」
「……頼む、助けてくれ……!」
空気が重く沈む。
シルフィが小さく呟く。
「……どうしますぅ?罠の可能性もありますよぉ?」
ヴェルミナも頷く。
「ええ。それに、出来る限り目立つ行動は控えるべきだわ。」
リディアが腕を組む。
「そうですね。気持ちは分かりますが、
帝国側に気付かれる恐れもありますし…どうします、リィナ先輩?」
その視線が、リィナへ向く。
リィナは、崩落した遺跡を見つめている。
静かに――
カイゼルが低く笑う。
「ふん……放っておけば楽だぞ?
罠だろうが事故だろうが、関係ない」
一拍。
リィナが口を開く。
「……ええ、分かっているわ」
視線は動かさない。
「余計な事に関わるべきではない」
淡々と並べる。
「でも――」
わずかに目を細める。
「見捨てる理由にもならないわね」
シルフィが小さく笑う。
「ふふ……やっぱりそう来ますかぁ」
ヴェルミナが肩をすくめる。
「合理性ゼロ。でも……嫌いじゃないわ」
リディアは短く息を吐く。
「……先輩らしいですね。なら私はどこまでも付いていくだけです。」
ゼルヴァが口角を上げる。
「面白い。崩れる遺跡ごと叩き潰すか?」
「それは、やめなさい」
即答。
リィナはエリアスへ歩み寄る。
「案内しなさい。生きている者がいるなら――」
その瞳が、わずかに赤く光る。
「全員、連れて帰る」
エリアスの顔に、安堵が広がる。
「おお……ありがとう……」
だが――
その瞬間。
誰にも気づかれない場所で。
瓦礫の奥深くで。
“何か”が、わずかに脈動していた。




