第74黒 特別という名の嘘
静かな室内――
月光が、銀髪の男を照らす。
モナーク=ヴァルハイトは窓辺に立ち、帝都を見下ろしている。
その背中には、かつての英雄の面影。
だが、その内側にあるのは――
支配と選別。
感情ではなく、“価値”で世界を見る男。
「……入れ」
扉が開く。
「失礼いたします、モナーク様」
ミラ=ソルティスが入室する。
鮮やかなピンクの長髪が、歩みに合わせて静かに揺れる。
身に纏うのは、帝国騎士団の意匠を取り入れた魔導衣。
赤を基調に、紫と金の装飾が絡み合い、魔力の流れを示す紋様が淡く脈動している。
胸元や指先には、大小様々な宝石。
指に嵌められたリングの一つ一つが、魔力増幅の触媒であり――
同時に彼女の執着の象徴でもあった。
一礼。
その視線はまっすぐに彼へ向けられている。
「お呼びでしょうか?」
だが、モナークは振り返らない。
「教団との件は聞いているな?」
「はい。」
「耳が早いな、流石は俺の自慢の右腕だ。」
「当然ですわ。貴方の為ですもの」
柔らかく微笑む。
だがその笑みは、どこか他者を排除するような閉じたものだ。
「ですが……」
その声に、僅かな棘。
「ビション=ヴァルテス……気に入りませんわね」
その目に宿るのはわずかな軽蔑。
モナークは小さく笑う。
「別に気に入る必要はない」
ゆっくり振り返る。
その瞳は冷たい。
「使えるかどうか、それだけだ」
ミラは頷く。
「……それで、ご命令は?」
空気がわずかに変わり、モナークが歩み寄る。
「簡単な話だ。教団に手を貸せ」
ミラの目が細くなる。
「……協力、ですか?」
「ああ」
「表向きは、な」
その言葉に、ミラはわずかに微笑む。
「裏がある、ということですね」
モナークは否定しない。
「察しがいいな、ミラ」
その言葉。
それだけで――
ミラの心は満たされる。
「……当然ですわ。私は貴方のものですもの」
モナークは、彼女の顎に手を添える。
優しく、甘く。
「そうだな」
囁くように。
「お前は特別だ」
――嘘だ。
(“特別”なんてものは存在しない)
「そんなお前だからこそ頼みたい。」
モナークの甘い言葉に、ミラの瞳は完全に満たされる。
「これはビションに“貸し”を作り、教団の戦力を俺の意のままに動かす理由にもなる」
「そして――”黒のカサブランカ”を捕らえろ。」
「捕らえて――」
ゆっくりと告げる。
「俺の下へ連れてこい」
その声は静かだが、絶対。
ミラは一瞬だけ沈黙する。
(……黒のカサブランカ…また、あの女)
胸の奥に、黒い感情が滲む。
(気に入らない、なぜそこまで……)
だが、その感情は押し殺す。
代わりに浮かべるのは、完璧な笑み。
「……承知いたしました」
深く頭を下げる。
「ビションと連携し、確実に捕縛いたします」
モナークは満足げに頷く。
そして、ミラの顎に軽く触れる。
甘く。優しく。
「期待しているぞ。お前ならできる」
その一言。
ミラの心が満たされる。
「……はい」
「必ず、貴方の望みを叶えてみせます」
だが――
モナークの瞳は、既に彼女を見ていない。
ビションも教団もそして――右腕のミラさえも彼にとっては駒に過ぎない。
ミラは顔を上げる。
その瞳には、忠誠と――
消しきれない嫉妬。
(ああ、黒のカサブランカ……貴方さえいなければ)
だが、口には出さない。
「……準備を進めますわ」
「頼む」
短い返答。
ミラは一礼し、背を向ける。
扉へ向かう、その足取りは優雅。
だが――
その内側では。
(絶対に、認めない!あんな女が……)
(モナーク様の“特別”なんて)
指に嵌めた宝石が、きらりと光る。
(捕らえる……ええ、捕らえてやりますわ。)
(無事には言いませんけど…)
微かに歪む唇。
扉が閉まり静寂が流れる。
一人残ったモナークは、再び窓の外を見る。
「……リィナ」
その名を、静かに呼ぶ。
「お前だけは逃がさないぜ」
その声は、愛ではなく――
支配欲だけがあった。




