第73黒 光の盾、裏切りの名に堕つ
会議室の扉が、重く閉まり
長い廊下に、足音が一つだけ響く。
ビション=ヴァルテスは歩みを止めない。
その背中には、揺るがぬ威厳と――
わずかな苛立ち。
(……エルドの死。想定外ではあるが、誤差の範囲)
だが。
(“黒のカサブランカ”……)
ほんの一瞬、思考が濁る。
その時――
「相変わらず堅い顔してんなぁ、お前」
場違いなほど、軽薄な声音。
ビションの足が止まり
振り返ることなく、静かに言う。
「……”貴方”ですか…」
影の中から、現れる男。
かつてリィナ達とパーティを組んでいた戦士であり、
現在は帝国騎士団総帥の”モナーク=ヴァルハイト”
帝国の軍服に身を包み、青い瞳は冷たく細まり、銀の髪は無造作に流されている。
そんな彼が壁に寄りかかり、笑う。
「久しぶりだな、ビション」
「……ええ。ですが、再会を喜ぶ間柄ではありませんね」
ビジョンの淡々とした返答に、モナークは肩をすくめる。
「冷たいねぇ。昔はもう少し人間味あっただろ?」
「過去は過去です」
「今は“教団の犬”ってわけか?」
わざとらしい挑発。
だがビションは動じない。
「秩序に従うことを“犬”と呼ぶならば……そうかもしれませんね」
一歩、距離を詰める。
「ですが、貴方のような無秩序な獣よりは遥かに価値がある」
モナークが、くつくつと笑う。
「相変わらず口が回るな」
一瞬の沈黙。
そして、話題は自然と――
「あの女のこと、聞いたぜ」
空気が変わる。
「今は確か、”黒のカサブランカ”だっけか?」
ビションの目が、わずかに細くなる。
「……ええ」
「しかも部下がやられたんだって?」
「事実です」
ビジョンが短く答える。
その言葉にモナークの口元が、歪む。
「いいねぇ……やっぱり“あいつ”は特別だ」
「……これは随分と楽しそうですね」
「当たり前だろ?」
顔を上げる。
その瞳に宿るのは――
歪んだ欲望。
「世の中の女は全部、俺のモンだからな」
ビションの眉が、僅かに動く。
「その中でも、リィナは“特別枠”。最高の獲物だよ」
沈黙。
そして――
ビションが、ゆっくりと口を開く。
「……そういえば」
わずかな皮肉を込めて。
「”ウィザー”を騙し、捨てたのは……誰でしたかね?」
空気が、一瞬だけ凍りモナークの目が細まる。
だが――
すぐに笑う。
「はは、あいつか」
軽い、あまりにも軽い。
「利用価値があったから使った。それだけだ。」
「愛ではなかった、と?」
「当然だろ?力になるから近くに置いたやっただけだ」
ビションは、わずかに目を伏せる。
(……救いようがありませんね)
モナークは続ける。
「で、そろそろ本題だ。」
壁から離れ一歩、近づく。
「俺ともう一度、組まないか?」
静かな提案。
だが、その裏にあるのは――
明確な打算。
「……理由を伺いましょう」
「簡単だ。」
モナークは笑う。
「“黒のカサブランカ”は、お前らだけじゃ扱いきれない」
「……」
「俺も欲しい。力も、あの女もな。
そこでだ。貸してやるよ」
指を立てる。
「俺の“右腕”をな」
「……ほう」
「使えるぞ。あれは」
意味深な笑み。
「お前らのやり方にも、きっと馴染む」
ビションは、しばらく考えるように目を閉じる。
そして――
静かに頷く。
「……良いでしょう」
モナークが笑う。
「話が早くて助かるぜ」
だが、その瞬間。
ビションの瞳の奥に、冷たい光が宿る。
(……利用させていただきますよ、モナーク)
(貴方も……、その“右腕”も)
「では、後ほど詳細を詰めましょう。」
「ああ、楽しみにしてるぜ」
モナークは背を向け、去り際に、振り返る。
「次に会う時は――」
笑う。
「奪い合いかもしれねぇな?」
ビションは、微笑む。
「ええ、その時は――」
「こちらも容赦しませんよ?」
静かな宣戦布告。
モナークは愉快そうに笑いながら去っていく。
足音が消え再び静寂が流れ、ビションは一人、立ち尽くす。
「……リィナ」
かつての仲間の名を、静かに呟く。
「貴方の闇が……どこまで届くのか」
目を閉じる。
「この光で、測らせていただきましょう」
その声には――
わずかな“執着”と、確かな“敵意”が混じっていた。




