第72黒 交差する思惑――正義は、誰のものか
帝国聖灰教団本部――大聖堂最奥。
重厚な扉の向こう。
光に満ちた円卓の間。
だがその光は、どこか冷たい。
温もりのない、選別するような光だった。
円卓を囲むように、幹部たちが座している。
その中央、最上位の席。
教皇――ルシアン=カイゼルクレスト。
静かに、微笑んでいる。
「……報告は以上か」
穏やか、あまりにも穏やか。
だがその声音には――
逆らうという選択肢そのものを消す圧があった。
一人の司祭が、肩を震わせる。
「は、はい……エルド=クレインは……」
喉が鳴る。
「“殲滅”されました」
空気が、わずかに沈む。
「……そうか」
ルシアンは、ゆっくりと目を細める。
「我々の“研究資産”が、一つ消えたということだな」
人の死を語る声音ではない、単なる損失報告。
その横で。
実質No2である、
大司祭のビション=ヴァルテスが、静かに口を開く。
「ええ……残念ながら」
柔らかな声。
だが、その瞳は一切笑っていない。
「しかし、原因は明確でございます」
ゆっくりと視線を上げる。
「“黒のカサブランカ”――リィナ=エーベルヴァイン」
その名が落ちた瞬間。
空気が、変質する。
「……あいつか」
低く唸る声。
教団騎士団長のセリウス=ブライトハート。
「……やっぱり、生きてやがったかよ」
拳が、軋む。
心には抑えきれない熱。
「俺が……この手で燃やし尽くす」
「非効率ね」
冷たい声が、斬り込む。
教団一の狙撃手 マリオン=ルミナ。
「怒りは判断を鈍らせるだけ」
淡々と。
「排除するなら、距離と確率で処理すればいい」
「……てめぇはいつもそれだな」
セリウスが睨みつける。
「感情を捨てた奴に、戦いが分かるかよ?」
「感情で戦うから、無駄が出るのよ」
両者、一歩も引かない。
「命は数値。減らせば終わり」
「……チッ」
舌打ちが、空気を切る。
「ははははは……いいですねぇ」
教団大呪術師のダリオ=シャード。
甲高い笑いが響く。肩を震わせ、心底楽しそうに。
「エルド殿を壊す程に逸材がまだ残っていたとは……!」
「というより」
軽い声音が割り込む。
暗殺者のヴァレン=シャルク。
「エルド君が弱かっただけなんじゃない?」
口元だけが笑う。
「失敗作が一つ消えただけさ」
肩をすくめる。
「……それより問題は、“処理できなかった”ことだよ」
視線が、すっと流れビションへ。
「ねえ、大司祭様?」
わざとらしい笑み。
「これ、責任問題じゃない?」
ほんのわずかに空気が張る。
――だが。
「ご指摘、痛み入ります」
ビションの表情は崩れず、微笑みのまま、頭を傾ける。
「確かに、“結果”だけを見れば失敗でございます」
一拍。
「ですが」
その目が、わずかに細くなる。
「これは“計算の外”ではありません」
「ほう?」
ルシアンが、興味を示す。
「……説明を」
「はい」
ビションが一歩、前へ。
「リィナ=エーベルヴァイン……
彼女はもはや単なる裏切り者ではない」
「“異常個体”です」
言葉が、落ちる。
「精神干渉の無効化、他者への影響力」
「そして……戦場適応能力」
「これら全てが、既存の枠を逸脱しております」
セリウスが鼻で笑う。
「だったら何だ?
強いなら叩き潰すだけだろうが」
「単純で結構」
ビションは、否定せずただ、続ける。
「ですが……、力だけでは勝てません」
「彼女は“揺るがぬ意思”を持っている」
その言葉に。
リュシアン=ノルドが、低く呟く。
「……リディアが敗れたのも、それか」
重い声音。
「……あの娘は、守るべき対象を見誤った」
「その通りです」
ビションが視線を向ける。
「結果として、“戻った”」
一瞬の静寂。
ダリオが、楽しげに笑う。
「いいですねぇ!!」
「壊したものを“戻す”とか、実に面白い女じゃないですかぁ!!」
ヴァレンも、くく、と喉を鳴らす。
「”彼女”の復讐劇はどこまで続くんだろうね」
「……排除優先度、上昇」
マリオンが即座に結論を出す。
セリウスは――
歯を、食いしばる。
「……あいつは」
押し殺した声。
「俺の“憧れ”だった」
一瞬。
円卓の空気が止まる。
「勇者リィナ、」
拳が、震える。
「それが今は――
闇に堕ちた化け物だ」
怒りと激しい否定。
そして――
執着。
「……だからこそ、俺が殺す。それが“正義”だ」
ルシアンが、ゆっくり頷く。
「実に分かりやすい動機だな。」
そして視線は、ビションへ。
「では大司祭、この問題、どう処理する?」
全ての視線が集まる。
ビションは――
静かに、微笑む。
「ご安心を」
一切の迷いなく。
「これは――
私の“使命”でございます」
その瞳には、冷たい光。
「かつての仲間として”リィナ=エーベルヴァイン”は
この手で、“正しく裁いてみせましょう”」
感情はない。
だが――
消せないものがある。
ルシアンは、満足げに頷く。
「良い、では任せよう」
微笑む。
「“光”が、“闇”を正すことを期待している」
その一言で。
会議は、終わった。
沈黙の中、それぞれの思惑が、静かに動き出す。




