第71黒 あなたの騎士として
その夜。炎に焼かれ崩れ落ちた施設の残骸が、遠くで赤く揺れている。
森の外れ、簡易的に確保した休息地点。
焚き火の音だけが、静かに響いていた。
少し離れた場所。
リィナは、一人で立っていた。
視線は、夜空でも仲間でもなく――
ただ、どこか遠くを見ている。
「……先輩」
小さな声、
振り返ると、そこにはリディアが立っていた。
まだ完全に回復したわけではないが、
その瞳にはもう“濁り”はなく確かな意志が、宿っている。
「……動いて大丈夫なの?」
リィナが静かに問う。
「はい……少し、だけなら」
少しよろけそうになりつつも、踏みとどまる。
その様子を見て――
リィナは、無言で近づき、そっと肩を支えた。
「……まだ無理はしないで」
「……すみません。」
一瞬、沈黙。
焚き火の音だけが、二人の間を満たす。
やがて、リディアが口を開く。
「……私……覚えているんです。」
リィナの手が、ほんの僅かに強くなる。
「……どこまで?」
「全部……です」
震える声。
「捕まって……壊されて……命令されて……」
息が詰まる。
「先輩に……剣を向けたことも…」
「……ごめんなさい」
深く、頭を下げる。
「私……先輩を……」
「やめなさい。」
短く、言葉を遮る。
リィナの声は、静かで――強かった。
「それ以上言ったら、本気で怒るわよ」
リディアが、顔を上げる。
「あなたは戦ってた。」
リィナは、まっすぐに言う。
「心の中で、ずっと抵抗してたじゃない。」
「……でも」
「でもじゃない。」
一歩、近づく。
「そして、最後に戻ってきた。」
「それで充分よ。」
リディアの瞳が、揺れる。
「……先輩は…どうして……私を……」
「助けたのか、って?」
リィナがわずかに口元を歪める。
「当たり前でしょ。仲間だからよ」
その言葉は、あまりにも自然で。
あまりにも、昔と同じで。
リディアの目から、涙がこぼれる。
「……変わってないですね。」
ぽつりと。
「え?」
「先輩……何も、変わってない」
「違うわ」
リィナは首を振り、静かに否定する。
「私はもう――勇者じゃない」
その言葉には、重みがあった。
「光の中を進む存在でもない」
「正義を掲げる資格もない」
「今の私は――」
一瞬、間を置く。
「闇の中で生きる、ただの”復讐者”よ」
沈黙。
だが、リディアは――
迷わなかった。
一歩、前へ。
「それでも」
はっきりとした声。
「私にとっての“先輩”は、変わりません」
リィナの目が、わずかに見開かれる。
「勇者でも、魔王でもそれは同じです。」
「私にとっての先輩は――」
一歩、さらに近づく。
「誰よりも強くて」
「誰よりも優しくて」
「……誰よりも、不器用な人です」
一瞬。
リィナの呼吸が止まる――
「だから…」
リディアは、笑った。
「どこまででも、ついていきます」
「光じゃなくてもいい、正しい道じゃなくてもいい」
「例え闇の中でも、」
まだ震える腕で剣を握る。
「今度は――」
まっすぐにリィナを見る。
「あなただけの騎士として、傍にいます」
その笑顔は、
かつてと同じで――
そして、少しだけ強くなっていた。
リィナは、何も言わない。
ただ、じっと見つめる。
やがて――
小さく、息を吐く。
「……バカね」
ぽつりと。
「楽な道じゃないわよ?」
「知ってます。」
即答。
「死ぬかもしれない」
「それでも、後悔しません!」
リディアが真っ直ぐな瞳で答える。
そして――
リィナは、ほんの少しだけ笑った。
「……勝手にしなさい」
背を向ける。
「でも、一つだけ言っておく。」
振り返らずに。
「途中で折れたら――許さない」
力強い返事。
「は、絶対に、折れません!」
その言葉を聞いて。
リィナは、小さく呟く。
「……ならいいわ」
焚き火の方から、声が飛ぶ。
「おーい、いつまでしんみりしてやがる。」
ゼルヴァだ。
「話は終わったのか?」
カイゼルが腕を組んでいる。
「ふふ……新入りの覚悟は決まったみたいね」
ヴェルミナが微笑む。
「歓迎しますよぉ、リディアさん」
シルフィが柔らかく笑う。
リディアは、一歩前に出て仲間たちを見る。
そして。
「リディア=ローエングリン。元王国所属の聖騎士です。」
深く、頭を下げる。
「改めて――」
顔を上げる。
「仲間として、戦わせてください」
一瞬の静寂が流れる。
そして。
「ふん……悪くない。」
カイゼルが口元を歪める。
「お互い帝国を憎むものとして今は協力してやる。」
ゼルヴァが低く言う。
「壊れたら、私が直してあげる」
ヴェルミナがくすりと笑う。
「影からちゃんと見てますよぉ」
シルフィが微笑む。
そして――
リィナが振り返る。
「……行くわよ」
短く。
「次の復讐へ」
その言葉に、全員が静かに頷いた。
夜は、まだ深い。
だが――
その中で確かに、
新しい“繋がり”が生まれていた。




