第69黒 アリガトウ
リィナの魔法で
世界が、黒に染まり花弁のような闇が舞う。
触れたものを侵食し、飲み込む力。
だが――
中心だけが違う、優しく。
包み込むように。
リィナが、振り抜き斬撃が、内部へ届く。
肉ではない、装甲でもない。
“魂の核”へ。
その瞬間。
「……ア……」
声が、揃う。
今までバラバラだったものが。
一つに。
「……アリ……ガ……ト……」
制御を失い、自ら崩壊していくグラフト=アーク。
装甲が砕ける。肉が剥がれる。
その中心で――
エルドは、ただ“理解できない”という顔をしていた。
「……おかしい、」
ぽつりと呟く。
声が震えている――
だがそれは恐怖ではない。
困惑。
「ありえない、ありえない、……理論上、ありえないッ!!」
計算するように、指を動かす。
視線が揺れる。
「個体は完全に統合され、意思は排除されていたはずです!」
「命令系統は最適化済み、精神干渉も封鎖済み」
グラフト=アークの崩壊は止まらない。
それでも――
理解しようとする。
「……なぜです?」
歪な腕が、ゆっくりと動く。
エルドへと伸びる。
「やめろ、…」
一歩、下がる。
「それは誤作動、ただのバグです! 私の理論に狂いはないはず…!!」
掴まれる。
「やめろと言っているのですよ!!」
引きずられ、足が床を擦る。
「私は創造主だ!!」
「お前たちは素材、部品なのですよ!!」
なおも、理解しようとする。
「なぜ、感情は削除したはず……」
「記憶も、思考も、全て分解し再構築した……」
エルドの顔が歪むーー
初めて。
だがそれでも――
“怒り”ではない。
理解不能への苛立ち。
「なぜ残る!?なぜ動く!?」
「なぜ命令に従わない!!?」
グラフト=アークの内部から、声が響く。
「……オワ……ラセ……」
エルドが目を見開く。
「違う……こんなのは錯覚。ただの残響です」
「意味はありません!」
「アリ……ガ……ト……」
「違うッ!!」
叫ぶ。
「そんなものは存在しない!!」
「それは機構に不要だ!!」
その時――
リィナが、静かに歩み寄る。
「……あなたには分からないでしょうね」
エルドの視線が、リィナへ向く。
「分からない……?」
かすれる声。
「どういう意味です……?」
リィナは、まっすぐに見る。
その目に、怒りよりも哀れむような瞳をしている。
「人は…道具じゃない」
一歩、近づく。
「心があるの」
エルドの瞳が、わずかに揺れる。
「心……?」
理解できない言葉。
「そんな非効率なもの……」
リィナが、遮る。
「その“非効率”に、あなたは負けたのよ」
沈黙。
エルドの口が、わずかに開く。
「……負けた?」
その言葉の意味すら、掴めない。
「私が?……私の最高傑作が?……」
「理論は正しかったはず……」
エルドの腕の拘束が、強まり骨が軋む。
「なのに……なぜだ……?」
視線が、揺れる。
「なぜ……こんな結果になる……?」
誰にも答えられない問い。
いや。
答えはある。
だが――
彼には、一生理解できない。
「……ありえない……」
その言葉が、最後だった。
グラフト=アークの核が、膨張し光る。
内部から、声。
今度は、はっきりと。
「……アリガトウ」
エルドの目が、見開かれる。
「やめろ……」
初めて、ほんの僅かに。
エルドの目に恐怖が混じる。
「やめろォォォォォォォォ!!!!」
光が、全てを呑み込む。




