第68黒 それは復讐にあらず
カイゼルが、わずかに眉をひそめる。
戦場の喧騒の中で、リィナだけが“別の何か”を見ているように感じたからだ。
「何が見えたのか……?」
その問いに――リィナは迷いなく答えた。
「ええ、“人”よ」
はっきりと、断言する。
「壊されても、繋ぎ合わされても――まだ、ここにいる」
その瞬間、
グラフト=アークが、わずかに震えた気がした。
誰も気づかない、聞こえないはずの声が――
リィナにだけ届く。
「……タス……ケ……テ……」
かすれた声、壊れかけた言葉。
だが――
それはただの残滓ではない。
ほんの僅か、ほんの欠片。
それでも確かに――
“意志”だった。
リィナの瞳が、細くなる。
そこに宿るのは、怒りではない。
憎しみでもない。
理解と――決意。
「……ええ」
小さく、しかし確かに応える。
剣を握る手に、迷いはない。
「もう、苦しまなくていい」
「終わらせてあげる」
その言葉が落ちた瞬間。
グラフト=アークの巨体が――
ほんの一瞬だけ、揺らぐ。
止まる。
それは、機能停止ではない。
――応答。
内部に残された“何か”が、その言葉に触れた証。
「……止まった……?」
カイゼルが目を見開く。
ヴェルミナも息を呑む。
「まさか……」
説明のつかない現象。
だがリィナだけは、それを理解していた。
一歩、踏み出す。
「全員、合わせなさい」
静かに告げる。
「ふん……ようやくか」
カイゼルが口元を歪め、魔力が一気に膨れ上がる。
「燃え尽きろ……《深淵の黒炎》!!」
黒炎が渦を巻き、空間ごと捻じ曲げながら叩きつけられる。
轟音と焼ける匂い。
肉と金属が同時に崩れる音。
だが――
「……っ、まだ……!」
炎の中で、肉が蠢く。
盛り上がり、絡みつき、再構成される。
炎を喰らいながら、なお形を保つ。
「チッ……まだ足りんか」
カイゼルが舌打ちする。
ゼルヴァがすぐさま空へ。
翼が大きく広がり、空気が裂ける。
「だったら――上から叩き潰すだけだ」
一瞬で加速。
重力すら引き連れて落ちてくる。
「《天空突撃!!」
大地が割れ、施設全体が軋み、崩壊音が連鎖する。
だが――
それでも、グラフト=アークは立っている。
崩れながらもなお、存在し続ける。
「……しぶといわね」
ヴェルミナが低く呟く。
指を鳴らすと同時に、魔法陣が幾重にも展開。
空間を覆い尽くす。
「呪詛結界、最大展開――逃がさないわ」
闇が絡みつき、機体の動きを拘束する。
「魂縛!!……崩れなさい」
見えない鎖が内部へと侵入し、“魂”に触れる。
内部のざわめきが、わずかに乱れる。
「ふふ……、逃がしませんよぉ」
シルフィの姿が消える。
次の瞬間――
関節部、接合部、弱点に的確に刃が走る。
「そこ、弱いですねぇ」
二刀が閃き、動きをさらに削ぐ。
完全に止めるには至らない。
だが確実に――“鈍らせている”。
そしてリィナだけが、違う速度で動いていた。
ゆっくりと、まっすぐに。
まるで戦場の喧騒から切り離されたように。
「……聞こえてるわ。あなた達の声」
小さく呟く。
その声は、誰にも届かない。
だが確かに、“中”には届いている。
リィナは目を閉じ、ほんの一瞬だけ。
流れ込む声と壊れた記憶、助けを求める感情。
すべてを受け止め――
そして、目を開く。
「……今、楽にしてあげる。」
その言葉に、迷いはない。
愛剣のダーク・リベリオンが、低く唸り闇が広がる。
だが。
その闇の奥に――
ほんのわずかな“光”。
「これは、復讐じゃない」
一歩、踏み込む。
「――救済よ」
「《黒百合終焉!!》」
振り下ろされる刃。
空間が静止したかのような一瞬。
その軌跡が――
まっすぐに、“核”へと伸びていく。
誰も届かなかった場所へ。




