第63黒 命令と記憶の狭間で
エルドの目が、わずかに見開かれる。
「……興味深い」
「破壊ではなく、制圧……」
「しかも、致命傷を避けている」
メモを取る手が、わずかに速くなる。
だが、リィナは見ていない。
ゆっくりと、リディアに近づく。
膝をつく。
「……リディア」
反応はない。
だが、呼吸はある。
手を伸ばす。
「今……、あなたを取り戻すから」
リィナは静かに目を閉じる。
《奪魂の契約!!》
黒い魔力が、ゆっくりと広がる。
だがそれは、攻撃ではない。
“繋ぐ”力。
リディアの胸元に触れ、魔力が流れ込む。
同時に――
流れ込んでくる。
大量のノイズ。
命令。
抑圧された意識。
無理やり塗り替えられた“思考”。
「……っ」
リィナの眉が歪む。
(……深いわね)
だが、引かない。
「……全部、引き剥がす」
魔力を強める。
「これは命令じゃない」
「……“契約”だ」
声が、静かに響く。
「あなたが、あなたでいるための」
「私との繋がりよ」
――その瞬間。
世界が、反転する。
◆
暗闇。
音も、光もなくただ、冷たい空間。
その中心に――
銀髪の少女が、膝を抱えて座っている。
だが、その輝きは失われている。
「……リディア」
リィナの声が、そこに落ち
少女が、ゆっくりと顔を上げる。
虚ろな瞳。
「……命令、待機……」
反応はある。
だが、それは“彼女”ではない。
「…違うでしょ」
リィナは、一歩踏み出す。
「それは、あなたの言葉じゃない」
その瞬間、空間に亀裂が走る。
――命令。
――排除。
――従え。
無数のエルドの声が、重なり
黒い鎖のようなものが、リディアの体に巻き付く。
「……っ」
わずかに、表情が歪む。
リィナは、歯を食いしばる。
(……ここまで、侵されてるのね……!)
だが。
「……それでも」
ゆっくりと、手を伸ばす。
「それでも、あなたは消えてない」
一歩、また一歩。
鎖が、唸る。
――接触禁止。
――対象、排除。
空間そのものが、リィナを拒絶する。
だが、リィナは止まらない。
「ねえ、……リディア」
声を、落とす。
「覚えてる?」
少女の瞳が、わずかに揺れる。
「……朝の訓練」
一歩、近づく。
「何度倒れても、立ち上がってた」
さらに一歩。
「誰よりも真っ直ぐで」
「誰よりも、不器用で」
手が、届く距離。
「そして――」
そっと、頬に触れる。
「誰よりも、“騎士”だった」
その瞬間。
鎖が、軋む。
「……っ……」
少女の瞳に、光が戻りかける。
「……せ……ん……ぱ……い……?」
かすれた声。
リィナの表情が、崩れる。
「……そうよ」
「やっと、見つけた」
だが――
再びバキン、と音がなり、鎖がさらに強く締まる。
「ノイズ排除」
「自己修正開始」
リディアの目が、再び濁る。
「……だめ……」
リィナが、首を振る。
「戻るな……!」
強く、手を握る。
「あなたは――道具じゃない!」
声が、響く。
「あなたの剣は誰かを守る為の剣、
誰を傷つけるものじゃないでしょう!」
空間が、震え
少女の瞳が、大きく揺れる。
「……わ……たし……」
鎖に、ひびが入る。
「……まも……る……」
さらに、ひびが広がる。
リィナは、静かに言う。
「戻って…」
一歩も引かずに。
「あなたは――」
一瞬、言葉が詰まる。
だが。
「仲間よ」
その一言。
――鎖が砕け、粉々に弾け飛ぶ。
そして黒いノイズが、消えていく。
少女の瞳に、光が戻る。
◆
「……っ……あ……」
呼吸が、戻る。
「……せんぱい……?」
はっきりとした声。
リィナの目が、わずかに揺れる。
「……ええ」
微笑む。
「おかえり、リディア」
その声は、もう――
無機質ではなかった。
戻ってきた。
確かに、“彼女”が。




