第61黒 壊された騎士――命令と記憶
その言葉と同時に。
奥の扉が、ゆっくりと開く。
重い金属音。
そして――
足音。
コツ、コツ、と。
規則正しい音が、近づいてくる。
「……っ!」
暗がりの中から、現れた人物に
リィナの瞳が、揺れる。
「……リディア!」
そこにいたのは。
確かに、彼女だった。
だが――
違う。
鎧は黒く染まり、かつての騎士の面影は薄く
瞳は濁り、焦点が定まっていない。
表情は、無機質。
呼びかけにも、反応しない。
「……対象、確認」
機械のような声。
「敵性個体、複数」
その言葉に――
空気が凍りつく。
シルフィが息を呑む。
「……遅かったみたいですねぇ……」
ゼルヴァが舌打ちする。
「チッ……また洗脳か」
カイゼルの目が細まる。
「……相変わらず汚いやり方だな。」
エルドは静かに頷く。
「汚いと失礼ですね。これは再調整ですよ?」
「不純な感情を排除し、命令への応答性を最適化」
「非常に優秀な個体に仕上がりました。」
リィナは、静かに
ただ、リディアを見る。
(……違う)
記憶がよぎる。
リディアの笑う顔、必死に剣を振るっていた姿。
「先輩」と呼んで、追いかけてきた背中。
(……こんなのじゃない)
「リディア!」
もう一度、呼ぶ。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
リディアの指先が、わずかに震えたような気がした。
だが――
「……命令を」
リディアの口から放たれた言葉は機械のようであった。
エルドが、静かに言う。
「この侵入者達を撃退しなさい。」
「了解、マスター」
リディアの体が、動く。
迷いはなく剣が抜かれる。
その構えは――
かつてリィナが教えたものと、同じだった。
「……っ」
リィナの呼吸が、わずかに乱れる。
「来ますよぉ!」
シルフィが短刀を構える。
だが。
リィナは手を上げる。
「……手を出さないで」
「これは……私がやる」
エルドが、わずかに笑う。
「素晴らしい、実に理想的な状況です」
メモを取る仕草。
「旧知の個体同士の戦闘……」
「感情と命令の乖離が、どのような結果を生むか」
「非常に興味深い」
リディアが、踏み込む。
一直線の無駄のない鋭い斬撃。
リィナは、それを剣で受け金属音が響く。
重い。
「……成長したわね。」
思わず、漏れる。
だが、返答はない。
続くのは、次なる攻撃だけ
そこには躊躇も、迷いもない。
「……っ」
リィナが再び受け流す。
「リディア!!」
叫ぶ。
その瞬間――
ほんのわずかに。
リディアの動きが、止まり瞳が揺れる。
「……せ……ん……ぱ……」
かすれた声。
だが――
「ノイズ確認」
無機質な声が、それを上書きする。
「排除優先」
再び、剣が振るわれる。
「チッ……!」
ゼルヴァが踏み出そうとする。
「待て」
カイゼルが止める。
「……これは、割り込むべきではない」
エルドは、満足げにそれを見ている。
「いいですね。実にいい」
「どっちが先に壊れるか?」
口元が歪む。
「実に楽しみですよ。」
二人の戦いは続く。
刃と刃がぶつかる中で。
リィナは、ただ一つを決めていた。
(……必ず、戻す)
どれだけ壊されていても。
どれだけ遠くへ行っていても。
「……あなたを、終わらせたりしない」
それは、戦いではない。
救い出すための――
戦いだった。




