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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜
第二章 二人目のメインターゲット 大司祭、ビション=ヴァルテス編

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第57黒 譲れない獲物――効率と完全性 

 

  謁見を終え、エルドが長い回廊を歩く。

 白い石壁に規則的な足音が反響する。


 ――その静寂を、軽い声が裂いた。


「へぇ……噂通り、随分と面白い話だね」


 エルドの足が、わずかに止まる。


 柱の影から現れたのは――ヴァレン=シャルク。


 壁にもたれかかるようにして、くすくすと笑っている。


「盗み聞きですか?」


 エルドは振り返らず、視線も向けないまま、冷たく言い放つ。


「やだなぁ、僕は情報担当だよ?」


 ヴァレンが肩をすくめる。


「聞こえちゃうんだよ。ああいう“面白い話”はさ」


 止めもしない。


 ヴァレンはゆっくりと歩み寄る。

 靴音は軽いが、その存在感は妙にまとわりつく。


「”黒のカサブランカ”……」


 楽しそうに、その名を転がす。


「いいよねぇ、ああいうの。

 強さもさ、あの無駄のなさも……」


 一歩、近づく。


「でもさ……一番いいのは」


 顔を傾ける。


「必死で“現実に抗ってる”ところだよね」


 不敵に笑う。


「どう足掻いても救えないものに、手を伸ばしてる感じ?」


「……実に滑稽だと思わない?」


 沈黙――


 エルドは、ようやく足を止め、ゆっくりと振り返る。


 その目は、冷え切っている。


「ねぇ、エルド」


 ヴァレンが、わざと距離を詰める。


 顔を覗き込むようにして。


()()してあげようか?」


 空気が、わずかに歪む。


「罠、毒、分断……」


 指を折りながら数える。


「僕ならさ、“綺麗に削れる”よ?」


 にやりと笑う。


「仲間ごと引き裂いて、逃げ場なくして、最後に心を折る。

 君が欲しい“形”に整えてあげるよ。」


 一拍。


「むしろさ――」


 声を落とす。


「そのままじゃ、()()()()壊されるんじゃない?」


 一瞬の沈黙。


 エルドは、ゆっくりとヴァレンを見る。

 

 その目にあるのは――完全な拒絶。


「不要です」


 エルドは一切の迷いもなく答える。


 ヴァレンが目を丸くする。

「え、即答?」



「あなたの手法は粗雑だ…」


 空気が、一段冷える。


「対象の損傷が大きすぎる」


「はは……ひどい言い方だなぁ」

 ヴァレンが肩を揺らして笑う。


「僕は効率重視なだけだよ?」


「私は“完全性”を重視していますので」


 その声には、揺らぎがない。


「その程度の処理で満足するつもりはありませんよ。」


 一歩、踏み出す。


 ヴァレンの横を通り過ぎながら。


「彼女は――ただ壊すには惜しい」


 低く。

 だが、確信に満ちた声。


 ヴァレンの笑みが、深くなる。


「へぇ……」


「”コレクション”にする気なんだ?」


 エルドは、足を止めない。


 否定もしない。



「観察対象として極めて優秀ですから」


 そのまま続ける。


「反応、適応、判断速度――すべてが高水準」


「何より…」


 ほんのわずかに、口元が歪む。


「私の傑作を超える力を秘めている。」


 ヴァレンの目が細くなる。


「……ああ、だから余計に欲しいわけだ」


 エルドは、振り返る。


「理解が早くて助かります」


 その目には。


 狂気と、執着と、確信。


「だからこそ、完全な形で保存する」


「意思を削ぎ、従順性を付与し最適な状態で“固定する”」


 一歩。


 また一歩。


「それが最も効率的で、最も美しい。」


 ヴァレンが、小さく笑う。


「……やっぱりさ。君、結構危ないよ?」


 肩をすくめる。


「忠告してあげるけどさ――

 ああいうタイプは、“折れない”よ?」


「壊すなら一瞬でやらないと…

 中途半端に触ると噛みつかれる。」


 一拍。


「……さっきみたいにね」


 エルドの足が、止まる。


 ほんの一瞬。



 だが――

 すぐに、再び歩き出す。


「……問題ありません」


 振り返らないまま。


()()であろうと、

 私に同じ手は二度は通じませんから」


 その声には、揺るぎがない。


「私は、失敗しない」


 静かに言い切る。


 ヴァレンが、くすりと笑う。


「その自信、嫌いじゃないよ。

 壊れた時、どんな顔するかも楽しみだしね」


 エルドは、答えずただ、歩き続ける。


 その背に向けて、ヴァレンが軽く手を振る。


「じゃあさ――」


「せいぜい、大事に扱うことだね。“壊れやすい玩具”なんだから」



 返答はない。


 だがその沈黙こそが――


 絶対的な自信の証明だった。


 

 まだ見ぬ再戦へ向けて――

 歪んだ思惑が、静かに動き出す。


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