第56黒 例外という存在
帝国教団――聖灰教団本部。
白と金で統一された大聖堂。
高い天井から差し込む光が、床の紋章を神聖に照らしている。
その最奥――
玉座のように設えられた壇上に、一人の男が立っている。
大司祭 ビション=ヴァルテス。
背に長いマントを垂らし、微動だにせず佇むその姿は、
“信仰”そのものを具現化したかのようだった。
「……報告に参りました」
静かな声で
エルド=クレインが、片膝をつく。
ビションはゆっくりと視線を落とす。
氷のような青い瞳。
「顔を上げてください、エルド」
穏やかな声。
だが、逆らう余地はない。
エルドが顔を上げ、視線が交差する。
「状況を」
短く促す。
「はい。侵入者により、施設機能の大半が停止…
実験体・記録媒体の多くを喪失しました」
「……そうですか」
ビションは目を閉じる。
怒りはない。
落胆すら、表には出ない。
「それもまた、“計算の上”の誤差と考えましょう」
静かに言う。
エルドの眉が、わずかに動く。
「その侵入者の中に――」
続ける。
「特異個体を確認しました」
「……ええ」
ビションはすでに理解しているように頷く。
「“黒のカサブランカ”」
空気が変わる。
ビションの口元に、わずかな笑み。
それは温かさではなく――
“評価”の笑み。
「またの名を”リィナ”……」
静かに、その名を口にする。
「かつて勇者と呼ばれていた存在……。」
わずかに視線を遠くへ。
「もっとも……今は、哀れな影となってしまいましたが…
遭遇したのですね?」
「…はい」
「どうでしたか?」
問いは穏やか――
だが、試している。
エルドは、ほんの一瞬だけ間を置く。
「…優秀です。」
「無駄がなく判断も早い。
破壊効率において極めて高水準でした。」
数秒の沈黙。
そして――
ビションは、ゆっくりと首を振る。
「……相変わらずですね」
穏やかに。
だが、その言葉には明確な“否定”が含まれている。
「エルド…」
視線が鋭くなる。
「彼女を、貴方の尺度で測ってはいけません」
空気が一段、重くなる。
「リィナは――」
わずかに微笑む。
「“例外”です」
エルドの目が細まる。
「例外、ですか?」
「ええ。理屈では動かない。計算では縛れない」
「……それは興味深いですね。」
ビションは一歩、前に出る。
その動きだけで、場の支配権が完全に移る。
「忠告しておきますよ。」
穏やかに。
だが、確実に“命令”として響く。
「深入りはなさらないことです」
「……なぜです?」
ビションの瞳が、わずかに細くなる。
「貴方は優秀です」
一拍。
「だからこそ、“壊される側”に回るのは惜しい」
その言葉に。
わずかに――ほんのわずかに。
エルドの口元が歪む。
「……ご心配には及びません」
「そうですか…」
ビションはそれ以上は言わない。
ただ――
「ならば、浄化を復旧し、教団の威光を示すのです。」
静かに告げる。
それはリィナに向けた言葉であり、
同時にエルドへの“警告”でもあった。
「ハッ…全てはビション様のお心のままに。それでは、私は施設復旧に戻ります。」
エルドは頭を垂れ、戻っていく。




