第55黒 救うと決めた夜
夜は静かだった。
先ほどまでの爆音が嘘のように、森の奥は不気味なほどの静寂に包まれている。
リィナたちは、崩れた岩場の影に身を潜めていた。
最低限の応急処置だけを済ませ、それぞれが息を整えている。
シルフィが小さく息を吐いた。
「……いやぁ、ほんとギリギリでしたねぇ」
軽い調子の言葉だが、額には汗が滲んでいる。
ゼルヴァは苛立ったように地面を蹴った。
「チッ……あの施設、予想以上にデカいし厄介だったな。」
誰もが、あの光景を思い出していた。
無数の培養槽、規格化された肉体、意思のない瞳、
それに――あの黒い騎士
「だが、あれだけ壊れたんだ。向こうも直ぐには動けないだろう…」
カイゼルが落ち着いた様子で答える
「残念だったのは、あの責任者を殺し損ねたことだ。」
重い沈黙が落ちる。
「……胸クソ悪ぃ」
カイゼルが吐き捨てる。
その横で――
リィナだけが、別のものを見ていた。
焚火ではなく、施設でもない。
脳裏に焼き付いているのは、たった一人。
(……リディア)
あれは――
「リィナさま?」
ふいに、シルフィの声が柔らかく差し込む。
「さっきの子……知り合い、ですよねぇ?」
全員の視線が、リィナに集まる。
リィナがゆっくりと、目を開く。
赤い瞳が、わずかに揺れているのが伝わる。
「……ええ」
少しだけ視線を落とし――
淡々と続ける。
「元・王国騎士団の聖騎士よ」
「……私の後輩だった」
「とても……真っ直ぐで優しい子だったわ」
それだけ。
だが、その一言に全てが詰まっている。
――
リィナの脳裏に記憶が浮かぶ。
それは、まだ“白百合の勇者”と呼ばれていた頃。
朝の訓練場の風景。
「はぁっ!!」
大きく振りかぶり、隙だらけの未熟な剣を
一生懸命に振るうリディア。
それをリィナは、最小限の動きで受け流し剣を弾く。
「遅いわ」
厳しい一言、容赦はない。
それでも。
「もう一度、お願いします!」
落ちた剣を拾い、倒れても、すぐ立つ。
銀髪の少女――リディア=ローエングリン。
その気持ちだけは、誰よりも強かった。
「……諦めないのね」
リィナが呟く。
リディアは、即答する。
「はい!」
その目には迷いがない。
「私……強くなりたいです」
剣を握る手が震えている。
それでも、離さない。
「先輩みたいに…誰かを守れる騎士に!!」
その言葉に。
リィナは、ほんの一瞬だけ目を逸らした。
「……簡単じゃないわよ」
「それでもです!」
即答。
その時、リィナは理解した。
(……ふふっ…良い覚悟ね。)
と。
「…来なさい」
それ以上は言わない。
その日から、リディアとの稽古は続き、
その度に何度でも立ち上がった。
――
「……なのにどうして」
それ以上の言葉はない。
ゼルヴァが低い声で話す。
「あの様子、…洗脳でもされているのだろう」
カイゼルが肩をすくめる。
「”帝国の玩具”か。」
ヴェルミナが静かに呟く。
「それで、どうするの?」
「決まってる…。奪われたのなら、取り戻す!」
リィナの意思は固く、その瞳はまるで勇者の頃のような
強い瞳をしていた。
「さすが…リィナ様らしいですねぇ」
シルフィが、くすりと笑う。
「いいわね……そうこなくちゃ」
ヴェルミナも嬉しそうに目を細める。
「ああ……ようやく面白くなってきたな」
カイゼルが満足そうに笑みを浮かべる。
闇の中で復讐者たちは、再び動き出す――




