第54黒 収集対象:黒のカサブランカ
炎はなおも夜を侵食していた。
崩落した施設が、内側から焼き爛れながら崩れ続けている。
その中心で――
瓦礫が、わずかに動いた。
白い袖が現れる。
焼け焦げているはずなのに、不気味なほど整っている。
ゆっくりと立ち上がる。
施設責任者のエルド=クレイン。
「……やられましたか。それより…」
掠れも乱れもない声。
割れた眼鏡を指で押し上げる仕草すら、寸分違わない。
足元には、転がるリディア。
微かに息をしている。
エルドはそれを確認すると、ほんの少しだけ首を傾げた。
「……ほう、まだ生きてますか?」
感情ではない。
純粋な観察対象を見る目。
しゃがみ込み、彼女の髪を掴んで顔を上げさせる。
「全く…命令違反するとは…」
その言葉の直後――
何の前触れもなく、リディアの顔を地面に叩きつけた。
しかしエルドの呼吸は一切乱れない。
「あなたは優秀でした。
従順で、壊れにくく、再現性も高い」
もう一度、頭を持ち上げる。
そして今度は、ゆっくりと――
わざと確かめるように、地面へ押し潰した。
「……なのに」
少しだけ、口元が歪む。
笑っているのか、そうでないのか分からない形。
「何故“自分で選んだ”?」
その言葉には、明確な“嫌悪”が混じっていた。
「不具合?それともバグ?」
ぐり、と頭を押し付ける力が強まる。
「良いですか?個体に意思は不要。」
唐突に手を離し――
「あなたは道具。道具が持ち主に逆らうことは許されない。」
今度は、腹部を蹴り上げる。
「やれやれ…私としたことが少々調整が甘かったみたいですねぇ…」
エルドは施設の方に目を向ける。
倒れているリディアに振り返りもせず、
予備の魔導機械兵に命令を出しながら呟く。
「さて、施設の損失率は甚大……」
燃え落ちる設備を一瞥する。
「培養槽、実験体、記録媒体……
使える物だけ回収し施設は放棄するかしかありませんね。」
一瞬だけ、沈黙。
そして――
口元が、わずかに吊り上がる。
「……ああ。無駄だ」
その一言に、ぞっとするほどの冷たさが宿る。
炎の向こうを睨む。
「折角の作品をなぜ壊す?」
首を傾げ、本気で分からないという顔。
「これほど“価値”のあるものを」
手を軽く開く。
まるで何かを掴み損ねたかのように。
――そこで、ふと足が止まる。
「あの侵入者……特に、あの女……」
炎の向こう。
リィナたちのいた方向を、正確に捉える。
「確か……“黒のカサブランカ”と呼ばれているらしいですが……」
指先で眼鏡を押し上げ割れたレンズ越しに、歪んだ光が宿る。
小さく、笑う。
それは先ほどまでの無機質なものではない。
明確な“興味”。
「あれは、良い素材になりそうだ。」
思い出すように目を細める。
「無駄がない。躊躇もない。
破壊のために最適化された挙動」
一歩、また一歩と歩き出す。
その声に、わずかな熱が混じる。
「非常に良い個体です」
指先が、わずかに震える。
先ほどの“損失”に対する反応とは違う。
これは――期待。
「壊すには惜しい」
ゆっくりと、口元が歪む。
「ああ……ぜひとも、解体して構造を把握したい」
一拍。
「……いえ」
わずかに首を振る。
「できれば、そのまま保存したい」
その言葉は、執着に近い。
「従順性を付与し、制御下に置ければ――」
想像するように、目を閉じる。
「極めて有用な“作品”になる」
振り返り、魔導機械兵に回収されていく、リディアを見る。
「あなたとは別種の価値ですが…」
興味は、すでに移っている。
「並べて比較するのも面白いそうだ。」
その視線は炎の向こうへ。
淡々と告げるが、その奥には歪んだ執着がある。
「黒のカサブランカ……」
その呼び名を、味わうように繰り返す。
「ぜひ、私の”コレクション”に加えましょう」
静かに笑う。
それはもはや、“研究者”のものではない。
蒐集家の笑み。
「命は資源。効率よく使うべき」
その声は静かだが、確実に狂っている。
「壊すのではなく、“活かす”のですよ」
――だがそれは、“生かす”ではない。
利用するという意味での“活かす”。
炎の向こう。
戦いは終わっていない。
むしろここからが――
“解体”の始まりだった。




