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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜
第二章 二人目のメインターゲット 大司祭、ビション=ヴァルテス編

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第54黒 収集対象:黒のカサブランカ

 

 炎はなおも夜を侵食していた。

 崩落した施設が、内側から焼き(ただ)れながら崩れ続けている。


 その中心で――


 瓦礫(がれき)が、わずかに動いた。


 白い袖が現れる。

 焼け焦げているはずなのに、不気味なほど整っている。


 ゆっくりと立ち上がる。

 施設責任者のエルド=クレイン。


「……やられましたか。それより…」


 掠れも乱れもない声。

 割れた眼鏡を指で押し上げる仕草すら、寸分違わない。


 足元には、転がるリディア。


 微かに息をしている。


 エルドはそれを確認すると、ほんの少しだけ首を傾げた。


「……ほう、まだ生きてますか?」


 感情ではない。

 純粋な観察対象を見る目。


 しゃがみ込み、彼女の髪を掴んで顔を上げさせる。


「全く…命令違反するとは…」


 その言葉の直後――


 何の前触れもなく、リディアの顔を地面に叩きつけた。


 しかしエルドの呼吸は一切乱れない。


「あなたは優秀でした。

 従順で、壊れにくく、再現性も高い」


 もう一度、頭を持ち上げる。


 そして今度は、ゆっくりと――

 わざと確かめるように、地面へ押し潰した。


「……なのに」


 少しだけ、口元が歪む。

 笑っているのか、そうでないのか分からない形。


「何故“自分で選んだ”?」


 その言葉には、明確な“嫌悪”が混じっていた。


「不具合?それともバグ?」


 ぐり、と頭を押し付ける力が強まる。


「良いですか?個体に意思は不要。」


 唐突に手を離し――


「あなたは()()。道具が持ち主に逆らうことは許されない。」


 今度は、腹部を蹴り上げる。


「やれやれ…私としたことが少々調整が甘かったみたいですねぇ…」


 エルドは施設の方に目を向ける。

 倒れているリディアに振り返りもせず、

 予備の魔導機械兵(ネクロ・マキナ)に命令を出しながら呟く。


「さて、施設の損失率は甚大……」


 燃え落ちる設備を一瞥(いちべつ)する。


「培養槽、実験体、記録媒体……

 使える物だけ回収し施設は放棄するかしかありませんね。」


 一瞬だけ、沈黙。

 

 そして――


 口元が、わずかに吊り上がる。


「……ああ。無駄だ」


 その一言に、ぞっとするほどの冷たさが宿る。


 炎の向こうを睨む。


「折角の作品をなぜ壊す?」


 首を傾げ、本気で分からないという顔。


「これほど“価値”のあるものを」


 手を軽く開く。

 まるで何かを掴み損ねたかのように。


 ――そこで、ふと足が止まる。


「あの侵入者……特に、()()()……」


 炎の向こう。

 リィナたちのいた方向を、正確に捉える。


「確か……“黒のカサブランカ”と呼ばれているらしいですが……」


 指先で眼鏡を押し上げ割れたレンズ越しに、歪んだ光が宿る。


 小さく、笑う。

 それは先ほどまでの無機質なものではない。


 明確な“興味”。


「あれは、良い()()になりそうだ。」


 思い出すように目を細める。


「無駄がない。躊躇もない。

 破壊のために最適化された挙動」


 一歩、また一歩と歩き出す。

 その声に、わずかな熱が混じる。


「非常に良い個体です」


 指先が、わずかに震える。


 先ほどの“損失”に対する反応とは違う。


 これは――期待。


「壊すには惜しい」


 ゆっくりと、口元が歪む。


「ああ……ぜひとも、解体して構造を把握したい」


 一拍。


「……いえ」


 わずかに首を振る。


「できれば、そのまま保存したい」


 その言葉は、執着に近い。


「従順性を付与し、制御下に置ければ――」


 想像するように、目を閉じる。


「極めて有用な“作品”になる」


 振り返り、魔導機械兵に回収されていく、リディアを見る。

「あなたとは別種の価値ですが…」


 興味は、すでに移っている。


「並べて比較するのも面白いそうだ。」


 その視線は炎の向こうへ。

 淡々と告げるが、その奥には歪んだ執着がある。


「黒のカサブランカ……」


 その呼び名を、味わうように繰り返す。


「ぜひ、私の”コレクション”に加えましょう」


 静かに笑う。


 それはもはや、“研究者”のものではない。


 蒐集家の笑み。


「命は資源。効率よく使うべき」


 その声は静かだが、確実に狂っている。


「壊すのではなく、“活かす”のですよ」


 ――だがそれは、“生かす”ではない。


 利用するという意味での“活かす”。


 炎の向こう。

 戦いは終わっていない。


 むしろここからが――


 “解体”の始まりだった。



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