第53黒 逸らされた刃
「リディア……お願い、目を覚まして!!」
張り裂けるような声で叫ぶリィナ。
命令でも、叱責でもない。
ただ――届いてほしいという、願い。
「あなたは……そんなことの為に、騎士になったのではないでしょう?」
その言葉は、まっすぐで、
迷いも、飾りもない。
ただ、かつての“彼女”に向けた言葉。
――その瞬間。
リディアの動きが、止まる。
ほんの僅か。
だが確かに、“止まった”。
振り上げられていた剣が、空中で静止し
リディアの深紅の瞳が、微かに揺れる。
「リィナ……さ……ま?」
途切れる声。
機械的な抑揚の中に、わずかに混じる“人の響き”。
記憶の断片が、浮かび上がろうとしている。
だが――
次の瞬間。
剣が振り下ろされ、
制御が再び上書きされる。
――だが、その軌道は。
明らかに、逸れていた。
剣はリィナを外れ、その背後へと――叩き込まれる。
直撃したのは、施設の中枢に設置されていた制御装置。
魔導装置が砕け、術式が崩壊する。
「バカなっ……!?」
エルドの顔が、初めて歪む。
計算外。
完全制御下にあるはずの個体が、自発的に“外した”。
その事実が、彼の理性を一瞬揺らす。
次の瞬間――
装置が暴走する。
逆流した魔力が、制御を失い、施設全体へと拡散する。
術式が歪み、連鎖的に破裂していく。
バチバチと弾ける光、耳障りな共鳴音。
そして――爆発。
炎が、噴き上がる。
「まずいな……施設が崩れるぞ!」
カイゼルが前方の敵ごと壁を吹き飛ばし、道をこじ開ける。
崩落の音が重なり天井に亀裂が走る。
「逃げるなら今がチャンスですねぇ!!」
シルフィが即座に判断する。
≪――影渡り!!≫
影が揺れ、空間を滑るように移動すると
リィナの腕を、強く掴む。
「行きますよぉ!!」
「道は開ける」
ゼルヴァが前へ出ると
落ちてくる瓦礫を、拳で粉砕する。
「悔しいけど……今はそれが賢明ね……」
ヴェルミナが歯を食いしばりながら術式を展開する。
「防壁、展開――!」
薄い光の膜が広がり、落下物と炎を一時的に遮断する。
天井が崩れ炎が迫る。
それでも――
リィナは、振り返る。
燃え上がる施設の奥。
炎の向こうに、影が立っている。
リディア――
動かず、ただそこに立っている。
その姿が。
先ほどの一撃が、“偶然ではなかった”と告げていた。
「……リディア……」
名前を、もう一度だけ呼ぶ。
だが。
次の瞬間――
崩落した瓦礫が、視界を完全に遮る。
外へ飛び出し
地面に転がり出るように脱出したその直後――
背後で巨大な爆発が連鎖する。
轟音が空を震わせ
施設は、完全に炎に包まれていた。
シルフィが息を吐く。
「……ギリギリでしたねぇ」
カイゼルが舌打ちする。
「だが、仕留め損ねたな」
ゼルヴァが低く言う。
「……中途半端だ」
誰も、勝ったとは思っていない。
むしろ――
何も終わっていないという感覚だけが、残る。
リィナは、悔しそうに拳を強く握ると
燃え続ける施設を、まっすぐに見据える。
「まだ……終わってないわ」




