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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜
第二章 二人目のメインターゲット 大司祭、ビション=ヴァルテス編

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第52黒 振れない剣

 

「リディアに……何をした……」

 リィナの声は低く、押し殺している。


 だが、その奥にあるものは明確だった。


 抑えきれない怒り。


 焼けつくような憎悪が、静かに、確実に滲み出ている。



 エルドは、その感情を真正面から受け止めながら――


「活かしただけですが?」


 あまりにも軽く、無責任な言葉。


「死にかけていたので、()()()したんですよ」


 命も、人も

 “資源”にしか思っていない。


 まるで壊れた道具を拾い上げ、修理して再び使う――


 ただそれだけのことを説明しているかのようだった。



「あれ?……もしかして、感動の再会、というやつですか?」

 口元が歪む。


「それとも――」


 わざと間を置く。


「絶望、かな?」


 その言葉が落ちた瞬間――

 空気が凍りつく。



 その言葉で――

 リィナの中で、何かがはっきりと切れた。


「……殺す」


 制御を失いかけた黒い魔力が、じわりと滲み出す。



 だが目の前には人物――

 黒い鎧の騎士。


 かつての後輩が立ちはだかる。


「……リディア!!」


 リィナが呼びかける。



 それは命令ではない――


 祈り、縋り。


 届いてほしいという、願い。



 だが――


 返ってくるのは。



「排除対象……確認」


 感情の欠片もない、無機質な声。


 その一言が。


 決定的に、“断絶”を突きつける。


 リディアの剣が、ゆっくりと持ち上がる。

 その動きに、迷いは一切ない。


 かつてのリディアなら

 仲間に向けて剣を振るうことなど、絶対にしなかったはずだ。


 だが、今は違う――

 完全に“敵”として、機能している。


 エルドが満足そうに頷く。

「さあ――壊してみせてくださいよ」

 リィナの表情を、舐めるように観察しながら。


「“大切な人”を」


 その言葉が刃よりも鋭く、リィナの心を抉る。



 ――リディアが踏み込む。


 踏み込みの衝撃だけで、石が吹き飛び

 一瞬で、間合いが消える。


「対象、排除」


 無情にも振り下ろされる剣。


 ガァンッ!!


 リィナが、それを受け止め衝撃が爆ぜる。


 だが――


 ”重い”、何もかも。


 腕に伝わる圧が、骨の奥まで食い込む。


 記憶の中のリディアとは、明らかに違う。


 歪に、強化されている。


「……っ!」



 押し込まれ、足元が軋む。


「どうしました?」

 エルドの声が、背後から絡みつく。



 逃げ場を塞ぐように。


「全力で来ないと壊せませんよ?」


 その言葉は、挑発ではない。


 ただの事実。


 だからこそ――残酷だった。


 リディアが、間髪入れずに追撃する。

「逃走、不可。殲滅を継続」




 横薙ぎに空気を裂く音。


 リィナは、反射的に後退して回避する。


 だが。


 反撃が――できない。


(……斬れる)


 分かっている。


 今なら――

 この瞬間なら、確実に仕留められる。


 それでも。


 腕が、動かない。



 振れば終わる。

 だが、その一撃で。


 “リディアは帰って来ない”。




「リィナさま!」

 シルフィの叫び。


 カイゼルの低い声。

「迷うな。死ぬぞ」




 リィナも理解している、頭では。


 それでも――


 動けない。



 脳裏に記憶がよぎる。




 白銀の鎧に青いマント。

 光を受けて輝く、あの姿。


『私もリィナ様みたいなカッコイイ騎士になりたいです』


 あの時の声。


 あの時の笑顔。


 守るために剣を振るい

 リィナの背中を追いかけていた存在。


 だが――

 目の前にいるのは。


「対象、再認識。敵対個体――排除」



 振り下ろされる一撃をギリギリで受け止める。


「……リディア……!!」

 無駄だと分かっていても必死で呼びかける。


 だが――

 返ってくるのは。


「命令優先。感情、不要」


 完全に切り捨てられた言葉。



 その一言が、心を折りにくる。



 エルドが、楽しそうに笑う。

「いいですねぇ、その顔」


「典型的な戦闘不能パターンです」



 ゼルヴァが一体を叩き潰しながら呟く。

「……まずいな」


 ヴェルミナも続ける。

「ええ。このままだと……」



 リディアが、再び踏み込む。


 一切の躊躇なく。


「――漆黒」


 一直線の突進しリィナは横へ跳ぶ。


 直後、床が爆ぜ衝撃が背を打つ。


 完全に押されている。



「さあ、選んでくださいよ!」 

 エルドの声が、静かに響く。

 逃げ場を塞ぐように。


「壊すか?それとも壊されるか?」



 その言葉はただの選択ではない。



 “どちらも地獄”であることを理解させるための言葉。


 だからこそ――


 リィナの心を、確実に追い詰めていく。


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