第50黒 壊しても終わらないもの
その言葉で――
リィナの中で、何かがはっきりと切り替わる。
「……救済?」
低く、押し殺した声。
「ふざけないで!!」
爆ぜるように感情が溢れた。
空気が震え、足元から滲み出す黒い魔力が、
煙のように立ち上り、周囲を侵食していく。
それはただの魔力ではない。
怒りそのものが形を持ったかのような、重く、冷たい圧。
エルドの目が、わずかに細まる。
「おやおや……いい反応ですね」
観察者の目。
感情ではなく、興味で測る視線。
「やはり、壊しがいが――」
言い終わる前に――
リィナの姿が、消える。
残像すら残さない踏み込み。
床を蹴った音だけが、遅れて響く。
「黙れ!!」
次の瞬間――
斬撃が走る。
空間そのものを裂いたかのような、黒い軌跡。
≪黒百合斬≫
だが、
エルドの前面に展開された魔導障壁が斬撃を受け止める。
火花のように魔力が弾け、衝撃が空気を押し広げた。
エルドは軽やかに後方へ跳び、白衣の裾が、遅れて揺れる。
「いきなり斬りつけるとは、礼儀がなっていませんね」
声に怒りはない。
ただ、評価を下すような調子。
「それに私は戦闘は専門外。ですので……」
指先が、空中に浮かび上がった魔法陣へと触れる。
淡く光っていた術式が、一瞬で色を変える。
次の瞬間――
施設全体に刻まれていた無数の魔法陣が、一斉に脈動すると
低い唸りのような振動が、空間を満たす。
「起動。第一層、防衛個体」
ガシャン――
重い音と共に、檻が開く。
中にいた“それら”が、ゆっくりと動き出す。
――魔導機械兵
歪な肉体、左右で長さの違う腕。
金属と肉が無理やり接合された関節。
だが、その動きは異様に滑らかで、速い。
「ちっ……来るぞ」
カイゼルが低く告げる。
リィナの黒い魔力がさらに濃くなる。
「まとめて……斬るわ」
≪――黒閃斬!!≫
闇を纏った斬撃が、一直線に空間を薙ぎ払う。
複数の改造兵がまとめて両断され、
壁に叩きつけられ肉片と金属片が飛び散る。
だが――
止まらない。
倒れたはずの個体が、ぎこちなく身体を起こす。
腕が千切れても、脚だけで前へ進む。
ゼルヴァが笑う。
「任せろ」
踏み込みと同時に、床が砕ける。
≪――竜撃砕!!≫
拳が叩き込まれた瞬間、衝撃が爆ぜる。
改造兵の上半身が粉砕され、後方へと吹き飛ぶ。
それでも――
残った下半身が、なお前へと這い寄る。
「いいですねぇ、その火力」
エルドが、心底楽しそうに声を上げる。
「ですが、耐久実験としては、少し物足りないかもしれませんねぇ?」
今度は影が揺れ、次の瞬間、シルフィが敵の背後に現れる。
「……しつこいですねぇ」
刃が、音もなく走る。
≪――静寂断!!≫
機械兵の首が落ちる。
「……静かに死ねばいいんですよぉ」
淡々とした声。
「いいですねぇ、無駄が少ない」
エルドは、まるで優れた作業を評価するように頷く。
ヴェルミナが周囲を見渡し、即座に術式を構築する。
≪――雷影束陣≫
足元に展開された魔法陣から、網のように雷が広がり
動きを封じられた魔導機械兵が、痙攣しながら崩れ落ちる。
カイゼルが一体を掴み、叩き潰す。
「タフだろうが、壊せばいいだけだ」
≪――魔王砕拳≫
叩きつけられた拳から衝撃波が広がり、周囲の敵をまとめて吹き飛ばす。
だが――
それで終わらない。
エルドが、不気味に笑う。
「中々やりますね。では――次の実験と参りましょうか?」
視線の先には奥の台座。
横たえられていた“死体”が――
ぴくり、と動く。
次の瞬間。
一斉に、起き上がる。
関節が不自然な角度で軋み、肉の擦れる音が重なる。
「壊したものが、再び動く……」
エルドの声が、静かに響く。
「どうです?不快でしょう?」
さらに。
背後で整列していた魔導機械兵たちが、同時に一歩踏み出す。
完全に統制された動きで、ゆっくりと包囲を狭めてくる。
「どうです?」
エルドは、心底愉快そうに微笑む。
「壊れるまで働く」
「実に理想的でしょう?」
その言葉が、空気をさらに冷やした。




