第110黒 もう一度、あなたを止める
オルフェンとルシオの身体が光となって崩れ去り、
礼拝堂には黒い魔力だけが、ゆっくりと空間を漂う。
リィナは黒剣を構えたまま、静かに息を吐く。
「……終わった」
そう呟いた、その時だった。
「流石ですね、リィナ。過去を乗り越える力は……本物のようだ」
穏やかな拍手をしながらビションが微笑む。
その笑みに、リィナの背筋を冷たいものが走る。
「……まだ何かあるの?」
「ええ」
ビションは静かに頷く。
「むしろ――ここからが本番です」
右手を掲げ中央の巨大魔法陣が、ゆっくりと回転を始めた。
白と黒、光と死霊術が絡み合う禁忌の術式。
空間が軋み礼拝堂を満たしていく。
そして、魔法陣の中心から一人の女性が姿を現した。
銀色の長い髪に澄み渡る蒼い瞳。
かつての勇者パーティの仲間、裏切った人物であり
そして自らの手で討った、天才魔導士”ウィザー=アルヴァレン”。
リィナの呼吸が止まる。
「……ウィザー」
返事はなく、ただウィザーの瞳だけが僅かに揺れた。
「どうです?懐かしいでしょう?」
ビションは満足そうに笑う。
「……やめて」
「何故です?」
ビションは穏やかな笑みを崩さない。
「ウィザーは仲間だったでしょう?それを蘇らすなんて…!!」
リィナが叫ぶ。
だがビションは静かに首を振る。
「仲間だからこそ、私は彼女を救済したのです。」
「救済……?」
リィナの瞳に怒りが宿る。
「死者を操っておいて……それが救済ですって?命を、何だと思っている!」
リィナは剣を握りしめ叫ぶ。
「命を奪ったのは私ではありません、あなたです。」
「……っ!?」
ビションの言葉に、リィナの肩が震える。
「私は失われた命へ、もう一度役目を与えただけに過ぎません。
それを悪と言うのなら――」
ビジョンが静かな笑みを浮かべる。
「もう一度、彼女を殺せばいい。」
「ふざけるなァァァァァッ!!」
リィナの黒い魔力が爆発し礼拝堂が揺れる。
それでもビションは表情一つ変えずに静かにウィザーへ視線を向ける。
「さあ、証明しなさい。ウィザー。」
その瞬間、ウィザーの身体が震えゆっくりと唇が動く。
「……私は……もう……」
掠れた声。だがほんの僅か、彼女自身の意思が残っていた。
ビションが小さく息を吐く。
「おや、迷うのですか?…仕方ありません。
ならば、その迷いも消して差し上げましょう。」
魔法陣が強く発光した。
白黒の鎖が現れ、ウィザーの身体へ巻き付く。
「ああっ……!」
苦しげなウィザーの声が漏れる。
魂そのものを締め付けるような強制契約魔法だ。
「やめろ!!」
リィナが叫ぶ。
しかし術式は止まらない。
やがて、ウィザーの腕がゆっくり持ち上がる。
彼女自身の意思ではなく、無理やり動かされている。
ウィザーの震える唇が小さく言葉を紡ぐ。
「……リィナ。」
涙が一筋だけ頬を伝い苦しそうに微笑む。
「……ごめん。早く……逃げて……」
そう告げるとウィザーの蒼い瞳から光が消えた。
「ウィザー……」
リィナの胸が締め付けられる。
裏切られ、憎み。そして自らの手で討った。
それでも――彼女は仲間だった。
誰よりも才能があり、誰よりも努力し、誰よりも苦しみ続けていた。
リィナは静かに黒剣を握り直す。
「……もう一度。」
震える声。
「もう一度、私があなたを止める。」
「それでこそですよ、リィナ。」
ビションが両腕を広げ、愉快そうに笑う。
「かつての仲間同士が刃を交え殺し合う。これこそが私の辿り着いた救済なのです。」
「……ビション。」
リィナの瞳に宿るのは、怒りだけではなく決意だった。
「覚えていなさい。」
黒い魔力が協会内を満たす。
「ウィザーを止める。そして、そのあとで――」
黒剣を真っ直ぐビションへ向ける。
「あんたも、この手で終わらせる!!」




